堺市の変人

堺市から情報を発信する変人親父です

ハレルヤ

 今、アレクサンドラ・バークの「ハレルヤ」を聴いています。

 ハレルヤといえば、ヘンデルの大作「メサイア」の中の「ハレルヤコーラス」が有名ですが、なにせ3部構成で2時間30分の曲ですので、なかなか聞き通す機会がありません。

 今、流れている「ハレルヤ」は、カナダの詩人・小説家でもあるシンガーソングライターのレナード・コーエンが作詞・作曲したポップス(ポピュラーソング)です。

 しかし、ポップスといえども「ハレルヤ」の意味そのものが「神への賛美」を意味するようですので聞いていると崇高な気持ちになること請け合いです。

 人気が有り有名な曲ですので、アメリカでは一時、皆が同じ「ハレルヤ」を歌うため「オープンマイク(飛び入り)」時には「ハレルヤ禁止」なんて事も有ったようです。

 本家本元のレナード・コーエン以外にもジェフ・バックリィボブ・ディランなんかがカバーしていますが、私はアレクサンドラ・バークの「ハレルヤ」が最も気にいっています。

 コーエンは、真面目に背広にネクタイ姿で歌いあげていますし、バックリィはフォーク調でしんみりと歌っています。

 しかし、広い音域と圧倒的な声量で耳に飛び込んでくるバークの「ハレルヤ」は圧巻です。黒人歌手を思わせる少しハスキーな歌声は聴く者を引き付ける「味」を感じさせてくれます。

 簡単にネットで試聴出来ますので一度聴いてみて下さい。同じ曲を色んな歌手で聴き比べるの楽しいものです。

 ボブ・ディランといえば、2016年のノーベル賞文学賞)受賞式への出席を「先役がある」といって断った話は有名ですが、「賞」そのものを辞退すればデュランの本領発揮!さぞかし痛快だったろうと思ったのを思い出してしまいました。

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虹の橋を渡った譲渡犬

 以前、太郎という名の一時預り犬が居ました。

 立派な体格の黒柴で、我が家で一ケ月余りお世話をしたのですが、男気が強いせいか預かり期間が短かったのですが強烈な侍魂を発揮してくれました。

 私は行けなかったのですが、家内が譲渡会に太郎を連れて参加をした時に、飼主に連れられたコーギーが太郎の近くまで来た時にハプニングが起こりました。

 それまで、リードを持つ人の足元でじっと伏せていた太郎が、吠えも唸りもせず表情一つ変えずいきなりコーギーの首筋にガブリ!

 コーギーは驚いて大きな声で「キャンキャン!」と鳴きまくったそうです。

 その声に譲渡会場は騒然となり、太郎とコーギーの周りには人垣が・・・

 しかし、二匹をいくら引き離そうとしても首筋に食らいついた太郎は絶対に相手を離しません!

 トレーナーさん(太郎の保護主さん)は、太郎の口を掴み離そうとしても開かないため挙句の果ては、水の入ったペットボトルで口元を殴りようやく引き離したようです。

 幸いにもコーギーはトレーナーさんの教え子の犬でしたので、飼主さんは「良い勉強になった」と言って下さっていたようです。トレーナーさんも「あのコーギーは飼い主が居たら強気になるから太郎も気に食わなかったのでしょう」と少し庇う言葉も聞かれました。

 私がその話を聞いた時の第一声は「太郎が勝ったんか?負けたんか?」と聞いたものですから家内から「そういう問題じゃない!」と人格を疑われた事が思い出されます。

 確かに我が家に居た時には、散歩の時にも他の犬がちょっかいを出して着たら「やるんか!」と言った素振りで相手の犬に向かって行く事がありました。散歩時にちょっと落ち着きの無いダルメシアン(子犬)に太郎が突っかかって行った時には、地面に押さえ付けて躾をしたのですが、その姿を見たダルメシアンの飼主さんが「そこまでしなくても・・・」とかえって慌てておられました。(やんちゃな奴ほど可愛いものです。)

 そんな太郎でしたが、頭を撫でてあげようとすると、撫でられる前から耳をぺタッと後ろに倒して嬉しそうにしていました。

 5年前に新しい飼主さんに引き取られていく時の事、さあこれから出発という時に、私が呼んでも何の反応もしなかった太郎でしたが、初めて会った今の飼主さんが「太郎」呼ぶと喜んで付いて行った光景が今でも忘れられません。きっと赤い糸で結ばれていたのでしょう。

 飼主さんは「太郎ちゃん 太郎ちゃん」と言って大変可愛がられていました。「幸せを運んで来てくれて有難う」と感謝されていました。

 少し前から体調が悪かったようですが、先日幸せな最後を迎えたようです。

 飼主さんの横で寝ていた太郎ですが、気が付いたらそのままの姿で死んでいたようです。亨年14歳(推定)、若い時のフィラリアが影響したのかも知れませんが大往生の太郎でした。

 安らかに眠っている太郎の写真を見ると、目頭に小さな真珠のような涙が浮かんでいたのが印象的でした。

捨てられた飼主

 今、世間は空前の猫ブームです。そして我が家にも猫が一匹!

 実は我が家の凡猫は二代目です。

 かれこれ20年くらい前に我が家には一匹、「ハナ」という名の茶寅の猫が居りました。

 名前の由来は「花」のハナではなく「鼻」のハナです。私の実家からの帰り道、雨の中での信号待ちで「フッ」と道端の水路に目を遣るとちびっこ猫が「ミャー ミャ―」と親から捨てられたのか一匹で鳴いていました。猫風邪のために目も半分以上ふさがれ、鼻からは鼻水をだらだら流している不細工な子猫でした。

 青信号で家内は車を発進させたのですが、私が「雨、本降りになりそうやな」とか「死んでしまうやろ、あの子猫」とか話していると、やはりUターン、子猫を捕まえ帰りの道で見つけた動物病院に連れて行き猫風邪の治療薬を貰っての帰宅となりました。

家族が一人(一匹)増えた瞬間でした。

 ペットを飼うのは初めてでしたので、箱の中にタオルを敷いて寝床を作ったりと大変でしたが、落ち着いてニャンコの身体を看ると「こんな小さい身体にどれだけおるねんっ!」というくらい蚤が飛び跳ねていました。

 ペット禁止のハイツでしたので、一時だけ!里親探しくらいなんとかなると思っていたのですが、今のようにネットが発達していない時代でしたので、知人に声をかけるも見つからず結局我が家でそのまま飼うことに・・・でも猫風邪が治ったハナはとっても男前の体格の良い立派な猫になりました。

 その頃、まだ猫は室内飼いが絶対という時代ではなく、ハナを見てもらっていた獣医さんも「外に行ったほうが猫のストレスが溜まらないなら、たとえ寿命が短くなったとしてもそのほうが幸せだと思います」なんて事を言われました。(今、こんな事を言う獣医さんは居ないと思いますが)

 そんなこんなでハナは外にも平気で行く猫、共働きの私達が仕事に行っている間は外に行く、そして一晩帰ってこない事も多々ありました。

 もちろん喧嘩して怪我をして帰ってきたこともあります。(去勢はしてありましたが)でも、私達が仕事から帰ってきたらどこからか出て来て「にゃぁ~ん」と必ず出迎えてくれていました。

 そんなハナがある日私達を出迎えてくれなかったのです。(飼い始めてから3~4年くらい経った頃だったと思います)そしてその日以来帰って来なくなりました。

 「事故にでも遭ったのか?」「猫は死期を察したら姿を消すと言うから・・・」と心配して何日も近所を探し回りました。

 でも結局見つからずじまいでその内、諦めてしまいました。家内はハナが死んだと思って泣いていました。

 しかし、ハナが居なくなってから一年くらい過ぎた時、近所に買い物に出かけた私達は家から50メートルくらい離れた場所にある一軒の家の前を通りかかった時の事です。

 その家のガレージの屋根の上に一匹の猫が丸くなって幸せそうな顔でまどろんでいるのが見えました。その猫の模様がハナにそっくり!我が家に居た頃のハナはスリムで(標準体重を保つように餌の調整をしていました)野性的なカッコイイ猫でしたが、目の前で眠りこけている猫はまるまると太った、野生のかけらもないような怠惰な猫です。

 しかし、そのまんまる猫の耳が欠けているではありませんか!

 ハナは以前喧嘩した時に耳の先を噛みちぎられていたのです。その欠け方を見て私と家内は声をそろえて「ハナや!」

 ハナの新しいお家は、他にも何匹か猫を飼っておられるようで、出入りしている内に居ついてしまったようです。

 そちらのほうが仲間も居るし居心地が良かったのでしょう。体重管理も無いようですから、食べ放題といった風体でした。(要は我が家より居心地が良かった事は確かなようです。)

 幸せそうに居眠りをし、丸々と太ったハナの顔を見て「思いだして帰ってきたらアカンから声かけたらアカンで」との家内の声に、そっとその場を立ち去った私達です。

 猫は犬と違って人に対して忠誠心はありません!心のおもむくままに自分の居心地のいい場所で生きて行く事を選んだのでしょう。しかし目と鼻の先に住んでいたとは!?

 知らないほうが良かった事ってあるものですね!

 猫に捨てられた私達でした!

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コストコのトイレットペーパー

 無くなれば必ず買う物!トイレットペーパーは誰しも切らさないようにしている必需品です。家内は何時もコストコのトイレットペーパー!

 シングルですが6個パックが4つで24ロール、少し量が多いので戸惑われる方も多いかと思いますがお薦めです。一個当たりの単価が82.5円、他の市販品を探しても同じシングルの業務用で同じ位の値段です。

 しかし、コストコのは巻きが170m、普通は長くても110m、通常のシングルは60mが一般的ですので、コストコのは通常の2~3倍長持ちするようです。

 そして、嬉しい事に芯無しですがワンタッチホルダー使用可です。再生紙100%ですので環境にも優しいようです。

 トイレットペーパーは、東京はダブル、大阪はシングルという傾向が有るらしいですがシングル派にはお薦めです。

 ただ、ソフトな肌触りに拘られる方には向かないかもしれません。

 近くのコストコといえば和泉店、ちょっと遠いですが尼崎店にも行きましたが、尼崎店にはこのトイレットペーパーは置いていませんでした。和泉店でも、たまたま売りきれていたのか見かけない事もありましたので要注意です。

 コストコを利用して4年位になりますが、一番の愛用品です。

 何時も家内は実家と分け分けしています。

item.rakuten.co.jp

アーバンリゾート

 「職場の人に家を選ぶ時に最も重視したのはなんですか?」と家内が職場の人に聞かれた事があったようです。家内は、すかさず「リゾート感です!」と答えたたそうですが、相手には全く分かって貰えなかったようで翌日も又同じ事を聞かれたみたいです。

 家を買う時、普通なら「駅が近い」「買い物が便利」「学校が近い」「部屋数」なんかが一般的な要件でしょうが家内は「リゾート性」が最も重要だったようです。

 家内の考える「リゾート性」とは、休日にベランダで寛げるか否かというところらしいです。ボンボンベッド(本当はハンモックが理想らしいですが)に寝転がって本を読んだり、ちょっとおしゃれなテーブルクロスを掛けたガーデンテーブルでお茶を飲んだりとか出来る事だそうです。

 私も勤めていた時には家と職場の往復で、寝ている時間を除けば家に居る時間は4~5時間といった毎日が続いていました。しかし、休みの日に公園の緑を眺めながらのティータイムなんかは、さすがに落ち着いた気持ちになりました。(今は毎日が休日のようなものですが・・)

 毎日、仕事に追われている時には、そんなに感じなかったちょっとした緑の風景も、歳を重ねるにつれ、しみじみと大切なものに感じられます。自宅の窓から見えるちょっとした緑の風景が生活に「ゆとり」を与えてくれているようです。

 もし、自宅の窓から全く「緑の木々」なんかが見えなくなったら何と寂しい事でしょうか!この事に関しては、家内の見立てに脱帽といったところです。

 まあ、実際に家内の家(名義)ですから、私は何時まで経っても「居候」といったところです。

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凡犬がおかしいぞ!

 今は預り犬が居ませんので我が家の凡犬一匹を連れて朝の散歩に出かけました。何時もは家内も一緒というパターンなのですが、今日は家内が風邪でダウン、私とワンコでのんびり朝の散歩を楽しみました。

 家に帰り、少しばかりの用事を済ませると、もう昼です。ダウンしている家内の代わりに昼食の買い出し、そして軽く昼飯を済ませた所で家内が「フッ」とワンコのボールに目を遣ると、朝散歩から帰ってあげたフードがそのまま残っています。「どうしたんやろ」「どこか悪いんかな」と大騒ぎです。

 なにせ、意地汚く人の目を盗んででも餌にありつくと言った習性の凡犬ですので「絶対体調が悪い」と思いこんだようです。

 念の為に、何時ものようにフードを前において「お座り」「待て」「よし」とやってみたら、何の事は無く何時ものように「ガツ ガツ」食らっています。

 そうなると矛先は此方へ「餌あげる時よしといってあげた?」、はっきり言って覚えていません。家内は「よし」と言っていないから食べていないと此方が疑われてしまいました。こ奴の日頃の盗んででも餌にありつこうという行動を見慣れている私には想像すら出来ない今日の態度です。なにせ未だに「お手」も出来ない輩です。

 預り犬の食い残したフードを盗み食いしようとしては「コラッ」と叱られること6年、ようやく躾が実ったのかな?

 信じられない凡犬の行動でした。

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オプジーボ

 昨年来話題を呼んでいる、がん治療薬「オプジーボ」、今は皮膚がんや肺がんなどに限られていますが今後対象範囲が拡大していくと言われています。

 しかし、費用を聞いてビックリ!なんと年間3,000~3,500万円!「医療保険」と「高額医療費制度」利用して自己負担は100~200万円と言われていますが、自己負担分を引いた残りは国の負担?社会保障費の3分の1を医療費が占めているのも納得できます。

 総医療費が現在40兆円を越えているようですが、毎年1兆円を越える金額が増加していると言われています。

 「特効薬が出来た」と喜んでばかりいられない複雑な気持ちになってしまいました。崩壊寸前?このままでは医療制度が危ないと言われています。国は慌てて今年の2月から50%の引き下げを決め、薬価の改定も2年に1回に拘わらず引き下げるようですが、同じような問題がこれからも生じてくるのは明らかです。

 巨額の投資をして新薬を開発しても元が取れないという事になれば、新薬の開発にも影響が出て来ますし、そうかといって高額の薬の利用が増えれば国がパンクするという難しい問題を孕んでいます。

 「もし、自分が癌になったら?」そんな事を考えてしまいます。年金生活の私にとって医療費に回せるのは、頑張っても年40~50万円位です。完治の保障も無いのに何百万も出して1年位生存が伸びても、後々、残された家族が苦しい(金銭的に)思いをする事にも抵抗を感じます。

 「死」も「生」と同じ日常の出来事ですが、「寿命」を1~2年伸ばす為の費用が何千万!?

 個々人の死生観に左右される難しい問題ですが、真剣に方策を考えなければならない時が来ているようにも思えます。

 

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