堺市の変人

堺市から情報を発信する変人親父です

いよいよ「春」

「鉢植えの 枯れた古木に 一輪の梅」

我が家にも、梅の鉢植えがあります。

 

どこから来たのか覚えていませんが、結構大きな鉢の梅は、毎年花を咲かせ春の訪れを知らせてくれます。

といっても、手入れをしていませんので勝手に花が咲いているといった状態です。

 

もう少しこまめに水やりをすれば良いのですが・・・

幾らなんでも今年はもう咲かないと思っていましたが、温かくなり可憐な花を咲かせてくれました。

 

梅の花が咲くと、そろそろ「ダウンやコート」もクリーニングといった気持になります。

天気予報よりも、梅の花の方が確実に「春」の訪れを感じてしまいます。

桜と並んで日本の四季を彩る梅の花ですが、意外と梅の木の選定は難しいようです。

「桜伐(き)る馬鹿、梅伐(き)らぬ馬鹿」という言葉があるように、桜はむやみやたらに伐ると切り口から腐食することがあり、剪定には注意が必要ですが、梅は剪定に強く、切り詰めないといけないようです。

 

そんな訳で我が家の梅は、枯れ木とおもんばかりの状態ですが、今日、気になって覗いてみたら花が一輪、春を告げていました。

「東風(こち)吹かば にほひおこせよ梅の花 主なしとて 春な忘れそ」

菅原道真太宰府に左遷される時に、庭の梅に別れを惜しんで詠んだ歌ですが、梅の花は、桜の華やかさにに比べ、清楚な哀愁を持っているようです。

 

日本を代表する花は、菊と桜ですが、私は梅の花に心を引かれます。

光琳の「紅白梅図屏風」を観ると、古木に咲く紅白の梅が「侘び寂び」にも通ずる清楚な美しさを持っているように思われます。

 

そうそう、冒頭の「鉢植えの・・・」は、恥ずかしながら私の句です。

「ちょっと一句」そんな気分になってしまいましたので仕方がありません。

刑事コロンボ「忘れられたスター」

刑事コロンボは、ボサボサ頭とヨレヨレコート・安葉巻がトレードマークのピーター・フォーク演じるロサンゼルス市警の刑事が、完全犯罪と思われる事件を、パズルを解くように推理し、犯人を追い詰めていきます。

 

ストーリーとしては、一般の刑事物語と何ら変わりませんが、冴えないデカを見事に演じ「コロンボ像」を確立したピーター・フォークの演技は秀逸です。

普通の刑事物でしたら出て来る刑事は、スマートでカッコ良いというのが定番ですが、コロンボは、はっきりってダサイです。

 

そんなダサイ刑事が、難事件を次々に解決していくものですから、私なんかもコロンボに親近感が湧いて来ます。

 

もう一つ、「刑事コロンボ」で重要なポイントは、回(物語)毎に変わる犯人役等の配役が豪華な事です。

最近、NHKで放送された「忘れられたスター」も、相手役に出演しているのが「ジャネット・リー」、彼女はヒッチコックの「サイコ」で有名です。

彼女のピークを過ぎた大女優の演技は、さすがと思わせます。

 

また、この「忘れられたスター」では、ジャネット・リーに加えて助演男優のジョン・ペイン、執事役のモーリス・エバンスのイブシ銀のような演技が光っていました。

 

主演、助演二人(男女)、共演(執事)が素晴らしい演技をしています。

それに、一般の刑事物のような悪人が出て来ません!

弱い人間は居ますが、悪人が出てこない刑事物というだけでも、「忘れられたスター」は、コロンボシリーズの中でも名作と言えそうです。

 

夫を自殺に見せかけて殺した犯人の大女優グレースは、徐々に記憶を失っていく脳動脈瘤、余命が1~2週間か長くても2月と宣言されていました。(勿論本人は知りません)

グレースのパートナーのネッドはラストシーンでグレースを庇うため、「私が殺した」と自白します。

「あんたの自白なんて、すぐにひっくり返りますよ」

「頑張ってみせる、2ヶ月間は」(彼女の命が終わるまで)

「そう、それがいいね」という会話でエンドとなります。

 

殺された夫も含め、全ての人が彼女を愛していたようです。

悲しい事件

2018年1月、愛知県豊田市で三つ子の次男を畳に叩きつけて死亡させたとして傷害致死罪に問われた30歳の母親に対して、求刑懲役6年に対して懲役3年6ヶ月の実刑が出た記事を読みました。

「被告は犯行時、うつ病の状態だったが完全責任能力があったと認定」「無抵抗、無防備の被害者を畳の上に二回たたきつける態様は、危険性が高く悪質」との量刑理由があったようです。

 

私には、子供が居ませんので育児の大変さは体験していません。

しかし、一人の赤ちゃんを育てるだけでも大変であろう事は軽く想像がつきます。

そんな赤ちゃんを、しかも一度に三人も一人で面倒見続けているならノイローゼになってもおかしくありません。

この母親は、出産前に子育ての不安を市に相談していますが、双子育児のガイドブックと多胎育児経験者の会のチラシを渡されただけで、不安の解消には至らなかったようです。

 

出産後は、子供を一時的に預けられるファミリーサポートセンターの利用を勧められましたが、三人の乳児を連れて事前面談に行くことが難しく利用する事が出来なかったそうです。

 

一人の乳児を連れているお母さんでも、ベビーカーに荷物を沢山ぶら下げておられます。

「替えのオムツやお尻ふき、ビニール袋、タオル、着替え、ミルクセット、授乳ケープ、お気に入りの玩具、母子手帳・・・」

ネットで調べてみると最低でもこれだけは必要とありました。冬場にはフリース等の防寒具も必要になってきます。

事前面談にこれらの荷物を持って、一人で乳児3人というのは確かに大仕事です。(私には出来ません)

 

多胎児の場合だけでも事前面談を訪問で行う等の仕組みが有れば!と思ってしまいます。

この母親の両親は、飲食店の経営に忙しく母親が親に頼ることは出来なかったようです。

夫は半年間の育休を取得していましたが、おむつの取り換えに失敗したり、抱っこをすると子供が泣いたりする等で、次第に夫を頼らなくなったとあります。

夫もまた父親としては一年生、余裕が無くどうすれば良いか分からない状態だったようです。

 

日本人はとかく母性を神聖化し、育児は母親が出来るものと決め付けてしまっている感じがします。

それ故に、こういう事件が起きると母親が絶対的な悪者になってしまうようです。

 

確かに我が子を叩きつけて死に至らしめた行為は許されるものではありません。

ただ、今回の事件は、他の幼児虐待事件とは違い、怒りより悲しみが湧いて来ます。

責任能力があったと裁判官は言っていますが、子供を叩きつけた瞬間に本当に判断能力はあったのでしょうか?甚だ疑問です。少なくとも、ノイローゼやウツの状態がピークに達していたような気がします。

 

昔ならば、ちょっと出かける間には、近所のおばちゃんに子供を預けるような事は普通にあった話です。

しかし、今では子供のアレルギーとか、事故にあった時の責任問題とか色々あって簡単に他人と子供の預かり合いが出来ない時代になっています。

近くに頼れる親兄弟が居る人は良いですが、そうでない場合、母親は悩みを抱えながら孤立していきます。

 

少子化が大きな問題となっている今日、子供を産み育てやすい環境を作るのは行政の役目です。

行政が間に入って孤立するお母さんを救済するシステムが必要なようです。

 

例えば、お年寄り(といっても70歳前後まで?)等のボランティアを募って、無料で乳児や幼児の一時預かりを行いお母さんを一時でも育児から解放してあげられるような制度があると良いのですが・・・

 

今の世の中、昔に比べて格段に便利になっていますが、子供や年寄りなどの弱者にとって本当に優しい社会なのか立ち止まって考えていかなくてはならない時がきているような気がします。

 

今回の事件で、一番悲しみ悔やんで居られるのは、お母さん(被告)のような気がします。

コーヒーショップで・・・

昼過ぎに郵便物を出しに行った帰りに、いつものコーヒーショップに寄りました。

ブレンドコーヒーを味わい、ゆっくりした時間を過ごしました。

ついつい流れている音楽に耳を傾けましたが、何の曲か分かりません。

 

昔は、流れている曲の半分位は聴き覚えのある曲でしたが、今ではどの店に入っても知っている曲はめったに流れません。

時代の流れ、自分の歳を感じる瞬間です。

 

私なんかは、高橋真梨子テレサ・テンちあきなおみ・・・

こんな歌手の歌が流れている店は今では皆無かな?

なかなか難しい事ですが、街に一軒位は今時の歌で無い曲が流れていてもと思ってしまいます。(無責任な言い分ですが)

 

好みの歌と美味しいコーヒー・・・

夢のような話ですが、ITなんかの科学技術が、私がついて行けないほど進んでいます。

店に入れば自分の好きな曲をリクエストし楽しめるといったような技術革新があればと思ってしまいます。

自分だけのヘッドフォン(イヤフォン)なんかがあれば可能かな?

 

それとも、部屋を分け防音して流す音楽を変えるような、年代別の部屋なんかも良いかも知れません。

何か現実離れした、とんでもない話のようですが、高齢化が進む今日、お年寄り(私もですが)が家以外でもゆっくりできる空間があれば素晴らしい事です。

そんなお店が有れば、お年寄りも「ちょっと喫茶店へ」と家を出る機会も多くなるのでは?

 

私のような年代の人間には、アップテンポのバックミュージックは似合いません。

もし、私がコーヒーショップなんかを開くとなれば、きっと若者に敬遠される曲ばかり流すような気がします。

 

ちあきなおみの「冬隣」なんかを聴きながらコーヒーをチビリチビリ・・・

夢のような話です。

煙草が吸えればなお最高!

時代遅れと叱られそうです。

映画「遠過ぎた橋」

この映画「遠過ぎた橋」は、第二次世界大戦後期に行われた連合軍の空挺作戦「マーケット・ガーデン作戦」を題材にしています。

架空の物語で無く、史実を題材にしていますので「史上最大の作戦」と同様、見ていても嘘っぽく無いのがいいです。

 

史上最大の作戦」が178分、この「遠すぎた橋」が175分ですので、どちらも大作です。

どちらの映画も、俳優陣が豪華です。

この映画の出演は、ロバート・レッドフォードジーン・ハックマンマイケル・ケインショーン・コネリーアンソニー・ホプキンス・・・

演技に定評のある名優が総出演といったところです。(因みに、ショーン・コネリー史上最大の作戦にも出演しています。15歳若いですが・・・)

 

この作戦は、「ノルマンデー上陸作戦(オーバーロード作戦)」とは違い、後の歴史家にモントゴメリ―元帥(イギリス)の最大の汚点と言われているように、多くの犠牲者を出し失敗に終わっていますが、第二次世界大戦という人類の教訓ともいえる戦争の悲惨さを、失敗に終わった無謀な作戦として映像化しています。

 

オードリー・ヘップバーンロジャー・ムーアスティーブ・マックイーンにもオファーがありましたが、ギャラや役柄・日程等で出演がかなわなかったようです。

いかに配役に力を入れていたかが窺えます。

 

軍用車両や航空機の大量投入と多数の超大物俳優の出演により、製作費が大きく膨らんだようですが、アッテンボロ―監督のこだわりを感じざるを得ません。

本作の製作費は2,700万ドル、史上最大の作戦1,200万ドルの2倍以上ですので、間違い無く超大戦争映画ですが、細かな人物描写もしっかりと描かれていますので、途中で飽きる事無く最後まで観てしまいます。

さすが、リチャード・アッテンボロ―が妥協を排し、こだわった事が頷ける作品です。

 

連合軍は、作戦目標の5つの橋の内、4つまでは占領、しかし、最後の橋までの数キロを進軍出来なかった事で多くの死者を出しながらも失敗に終わったようです。

作戦失敗が決まった後のアーカート少将(ショーン・コネリー)と作戦遂行責任者のブラウニング中将(ダーク・ボガード)の会話が印象的でした。

 

多数の死傷者を出し作戦が失敗したにもかかわらず、中将は

「モントゴメリ―元帥はご機嫌だよ、ことの他」

「ご機嫌だ?」

「そのとおり、作戦は90%成功したと言われた・・・」

「それで、あなたの意見は?」

「私ははなから、あれは遠すぎた橋だと思っていたよ・・・」

何か今に通ずる失敗を認めず責任逃れをする権力者の理論を風刺しているようです。

 

戦争は悲惨です。絶対に戦争は起こしてはなりません。

犠牲となるのは兵隊であり市民です。

指導者が生き残っても・・・

ワルターのベートーベン「田園」

1808年12月にウィーンの劇場で催されたベートーベンの作品発表会で、第5「運命」と共に初演された第6「田園」、前売り券の売れ行きが悪く、少ない聴衆が暖房のない劇場で震えながら聴いていたようです。

 

名曲として親しまれている「田園」の第2楽章「小川のほとりの情景」は、「私が《小川のほとり》の楽章を書いたのは、ここだったよ。あそこの上のコウライウグイス、ウズラ、夜ウグイス、カッコ―などの小鳥が私と一緒に作曲してくれた」とベートーベンが友人に語っているように、実際に小川のせせらぎにインスピレーションを得たもののようです。

 

「田園」は、曲としても一遍の誌のような雰囲気を持っています。

余りにも有名な第2楽章ですが、心地よさは最高です!

私の愛聴盤は、ワルター指揮、コロンビア交響楽団の1958年盤です。

 

「田園」となると、ついついこのCDに手が伸びてしまいます。

フルトベングラ―の情熱、遊び心溢れるクナッパ―ブッシュ、厳格なトスカニーニと並び超一流の指揮者ワルターの音は、優しさ溢れるものです。

 

ユダヤ系故、ナチスの迫害を逃れるため、アメリカに渡ったワルターですが、一度は引退したワルターを旧CBSが、ワルターのためにコロンビア交響楽団を編成し、ステレオによる全レパートリーのレコーディングを行った時の一曲です。

 

60年前の演奏ですが、さすが音にこだわった録音ですので、詩(うた)の心が余す事無く表現されていて古さを感じさせません。

最新の機材と技術を投入しても、この演奏をこえるものは出来ないのでは?

なにせ、聴いていると実際の小川の風景が浮かんで来て楽しいの極みです。

 

現代の演奏と何が違うのかな?

50年以上前の録音(演奏)ですが、なかなかこの演奏を越える事は難しいようです。

不思議なものです。

一つ言える事は、昔の名盤は良くも悪くも確固たる「志」が有るような気がします。

 

ただ、楽譜通りに音が綺麗に音で鳴っているのと違い、人を引き付け放さない音には、高い「志」があるようです。

ワルターの「田園」、何度聞いても飽きません!

「洗たくマグちゃん」

今日のモーニングショ―で「洗たくマグちゃん」が紹介されていました。

高純度のマグネシウムの粒を洗濯機に入れるだけで洗剤要らずの優れ物らしいです。

マグネシウムが水素とアルカリイオン水を生成し、部屋干し臭やカビを落とし、すすぎも不要!おまけに洗濯槽も綺麗になるというのですから、一石二鳥です。

家内も「私も買おうかな・・・」と興味津々といったところです。

 

この「洗たくマグちゃん」を作っているのが、茨城県の宮本製作所、従業員18名の中小機械加工会社ですが、マグネシウムの加工では実績のある企業のようです。

「洗たくマグちゃん」は、製品の製造過程で出てきたマグネシウムの屑を活用したというのですから、誠に「エコ」です。

 

この製品は、永く使い続けるにはクエン酸で洗浄といったメンテナンスが必要なようですが、今まで捨てていた屑を活用し洗剤が要らないというのは画期的です。

宮本社長曰く「我が社の発展が世界の人口問題、長寿医療問題の解決に役立つ事を夢見て日々努力してまいります。」との言葉に「志」の高さを感じます。

 

このような中小企業が、日本を元気にしてくれるのでは?と期待してしまいます。

大企業が経済的な発展(売れる物を作る)を追い求め、人々の「幸せ」が後回しになっている現状を見るにつけ、「志」の大切さを改めて感じます。

 

この番組で宮本社長が「自分で値段を付けられる製品を作りたかった」という言葉に、私は「ハッ」としました。全く気付いていませんでした。

改めて中小企業(下請け会社)の現実に触れたような気がしました。

テレビを見ている時には、話題の商品が売れ、順風満帆、元気な中小企業と思っていましたが、この会社も他の中小企業と同じように自分で値段を決められなかったのかと思うと、夢を実現した宮本製作所に拍手喝采といったところです。

 

まだまだ日本には、大企業だけでなく「志」を持った元気な中小企業が必要なようです。

そんな中小企業が、我が国の製造業の底力となっているような気がします。