堺市の変人

堺市から情報を発信する変人親父です

「ノブレス・オブリージュ」

日産自動車の会長、カルロス・ゴ―ン氏の逮捕というニュースが話題となっています。

「私物化で地に落ちたカリスマ経営者」という衝撃的な文字が飛び込んできました。

 

ゴ―ン氏と言えば、破綻寸前だった日産自動車をV字回復させた手腕は誰もが認める功績です。

日産及び仏ルノ―の最高経営責任者であるゴ―ン氏は、日・仏両国の政府にも影響力を持っている正に世界のビジネスシーンを代表する経営者として誰もが認める存在でした。

 

そんなゴ―ン氏が金融取引法違反で逮捕され、日産は「報酬の過少記載」「投資資金の私的流用」「経費の不正支出」を確認したと説明しています。

金額が違います!私の感覚では、10万円でも高額です。100万円ともなれば大金,

1千万円なんて雲の上!(私の財布では万券なんか、めったに見かけません)

そんな庶民感覚からは程遠い50億円もの不正、使い道も無いのになぜそこまで欲をかくの?

理解出来ません。

 

ビジネスの世界でトップリーダーとも言える人が犯したとなれば事は重大です。

多くの若者が経済や経営を学びゴ―ン氏を目標に頑張っていますが、世界のトップビジネスマンとしてやってはならない事に手を染めたゴ―ン氏の罪は決して軽く無いような気がします。

情熱に燃える多くの若者(ビジネスマン)を裏切ってしまいました。

 

ヨーロッパには、「ノブレス・オブリージュ」という言葉があります。

直訳すると「高貴さは(義務を)強制する」を意味しますが、財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴う事を指します。最近では、主に富裕層、有名人、権力者、高学歴者が「社会の模範となるように振舞うべきだ」という社会的責任に関して使われています。

 

米国では、セレブや名士がボランティア活動や寄付をする事は一般的ですし、英国でもエリザベスⅡ世がイギリス軍に従軍したのもこの精神の表れでした。

 

最近は、権力(金)を持つものが謙虚さを失い私利私欲に走るようなニュースが多く流れていますが、せめて世界のトップビジネスマンを育てる「ビジネスカレッジ」では、金儲けだけでなく「ノブレス・オブリージュ」精神も教えて貰いたいものです。

 

世の中の役に立つのがセレブリティや権力者の義務ですから!

映画「王様と私」

1956年に公開された「王様と私」は、名優ユル・ブリンナ―とデボラ・カ―が、それぞれが譲らぬ演技をみせる名作です。

何度観ても妥協の無い映像と完璧ともいえる脚本には感心させられます。

 

まるで舞台を見ているようで、一般的な演技というより徹底した振り付けが登場人物全員に徹底されていてワンカットもおろそかにしないというウォルター・ラング監督のこだわりが伝わってきます。

 

王(ユル・ブリンナ―)と家庭教師(デボラ・カ―)の掛け合いも見事です!

台詞の一言一言が磨き抜かれ「これしかない」といった言葉が溢れだしてきて聴いていて楽しいのなんのってありません。

 

最近のハリウッド映画は、CG(コンピュータグラフィック)なんかを駆使して非日常や意外性、迫力も満点ですが見終わっても後に残りません。

人間味が無い?人間を深く追求していないような気がしてなりません。

 

しかし、60年余り前に製作された「王様と私」は、何ら気になる箇所が無いパーフェクトといった印象を受けます。

趣は違う小津安二郎の「東京物語」も忘れられない映画ですが、この「王様と私」も観終わった後、小津作品と同じような満足感があります。

 

今回は、映画を見ている内に「サウンド・オブ・ミュ―ジック」を思い出しました。

ストーリーも同じですし、ミュージカル、厳格な王(大佐)、自由奔放な教師・・・

大発見でした!

 

家内に、この映画、「サウンド・オブ・ミュージック」に似てるなと、新しい発見を自慢したところ、「そんなん常識や!」という言葉が返ってきました。

 

前人未登の山に登頂したと思ったら、山頂でチョコレートの空き箱を見付けたような気分です。

「便利すぎる時代」

今日の晩御飯にウィンナーが出てきました。

普段は朝食にしか出てこないので「珍しいな」と家内に言うと「ネットに美味しいウィンナーの食べ方」って記事があったから作ってみたとの事でした。

 

なんでも日本ハムが公式ページで公開しているウィンナーの美味しい食べ方らしいです。

まずフライパンにウィンナーを入れます三本で大匙三杯くらいの水を入れます。(家内は6本位入れ水を少なめに大匙4杯入れたらしいです。)

フライパンに蓋(蓋は出来れば中が見える方が良いらしいです)をして小~中火で蓋が水蒸気で曇ってきたら時々フライパンを揺らしてウィンナーを転がします。

水の量が減ってきたら蓋をとり、一気に強火にしてウィンナーを転がしながら水気を飛ばしたら出来上がり。「焼きボイル」という調理法らしいです。

油は一切使わないのでヘルシー、焼き上がりがパリッとしてとても美味しいです。

 

また、酢で有名な「ミツカン」がポン酢を使った鶏むね肉チャーシューの作り方をHPで公開しているのですが、先日家内がこれが出て来ました。

パサパサしがちな鳥胸肉が酢の効果でしっとり柔らかくて美味しくなります。

 

他にも「クックパッドのHP」で家にある食材を入力してはレシピを検索して料理を作っています。余っている食材がはけていくので助かっているようです。

 

昔は新しい料理といえば料理本を頼りに作っていたようですが、今はネットで手軽に簡単に美味しい料理を検索できるので大変便利です。(私は作りませんが!)

献立に困って「今日、何が食べたい?」と聞かれる事もめっきり減りました。

 

結婚した当時は晩御飯を作るのに本を見ながら二時間待たされましたが、20年も経てばさすがに要領(手抜き)を覚えたようです。

 

先日、私の弟が「俺もクックパッド見ながら簡単な料理くらいは作るで」と話していました。

家内は「そうや、あれ見ながらやったら誰でも作れる!!」と閃いたようです。

以来、「クックパッド クックパッド」とやかましく言われています。

何時になったら忘れてくれるのやら?

ライター騒動?

先日、近くのブランド品の中古販売店で銀メッキが黒く錆びたライターがショ―ウインドウに並んでいました。

元々、「いぶし銀」という言葉も有るように、光っている銀では無く馴染んで落ち着いた銀には惹かれる質ですので思わず手に取ってしまいました。

 

なんと「ST.Dupont」!デュポンのギャツビ―(定価5~6万円)が中古で1万円の値札が付いています。

一見錆びて汚いですが銀は磨けば渋い光沢がよみがえります。

 

蓋を開け閉めすると、デュポン独有の「ピーン」という開閉音が心地よく響いてきます。

ジャズクラブで楽器の音が鳴っていても、デュポンのライターを開ける音が聞こえるという逸話も納得出来ます。

 

デュポン社は、高級トランクメーカーとして有名ですが、金属加工技術の評価も高く、最高の素材と技術で作り上げられるライターも、正に喫煙家の憧れの的となっています。悲しいかな高くて買えないながらも気になるライターでした。

 

さて値段交渉、汚れが目立ので「もう少し安く」とお願いしたところ9,000円!

心が揺れてきました。

長年煙草を吸っていますが、ライターは「ジッポーのオイルライター」一筋でした。

取りあえず、火が付かなかったら返品OK,という事で持ち帰り、汚れ(錆)を全て落とし、後はガスを入れて点火の確認と作業が進んで行きます。

 

しかし、このガスが問題です。

デュポンライターのガスは一般に市販されているガスが使えません。買うとなったらガスだけで2,000円~3,000円、これでは安く買った値打ちがありません。

 

結局、大丸心斎橋店内の直営店に持ち込みました。

いよいよ、店員さんが裏蓋を開けガスを注入!

「シュ―」という音が聞こえてきました。

「本体(ガスの注入口)からガスが漏れています。」という非情な言葉が返ってきました。

 

「治りますか?」

「はい、オーバーホールだけで治る場合も有りますが、部品の交換が必要な場合もあります。」

「オーバーホールは幾らかかりますか?」

「基本料が1,5000円、部品交換の場合はプラス部品代が必要となります。修理期間は2月位、今からなら年内OKです。」

 

万事休す!9,000円で買ってオーバーホールが15,000円、部品代も要るかもとなれば諦めるしかありません。

早々にライターを返し状態を説明し、返金して貰いました。

 

それにしても、シンプルで飽きのこないデザインでした。

ライターでひと騒ぎといったところですが、物に心を動かされる煩悩の塊のようなオッサンです。

天中殺の「コストコ」

先日、家内が義母と二人でコストコに行ってきました。(私は行っても退屈しますので留守番です。)

日用品で足りなくなった物があるらしく、今回は珍しく買う物をメモに書いて持って行ったようです。

 

トイレットペーパーや、食用油、バター・・・家内は何時も平日の休みの日を狙って行ってます。土日なんかは駐車場に入るための渋滞から始まって、中に入っても車を止める所を探すだけで疲れてしまいます。

平日でも駐車場は結構いっぱいですが、隅の方に空いている場所もチラホラ見付かります。

義母は別に買う物はなくても散歩がてら付いて行きます。(結構好きです。)

 

しかし、脚が悪いのに押し車を押してちょこまか動くので、広いコストコの中で家内とはぐれては携帯で呼び出すというのが毎回お決まりのようです。(義母が家内を探すことは決して無く自分の好きなように動いています。)

 

今回、家内は携帯電話を家に置き忘れて出掛けてしまいました。

でも、いつものように義母は行方不明になってしまい、タブレットから私にレスキュー!

「はぐれたからレジの所で待っていて」と伝えるようメールが飛びこんで来ました。

私が急いで義母に電話すると「そうか」と言って、別に心配もしていろ様子は無いようです。

 

幸い電話のすぐ後に落ち合えたようなのですが「あんた携帯忘れるなんてアホやなぁ~」と言われただけ、まったく反省の色が見えないと怒っていました。(携帯を忘れるのもどうかなと思います。)

 

義母と落ち合えて「やれやれ」とお目当ての品物を探しに始めたようですが、その日はお目当ての物がほとんど並んでいません。一番欲しかった3品目が買えないまま、全く別の物を買って帰ってきました。

 

帰っての第一声が「何しに行ったか分からない!」、ぼやきながら買って来た品々を眺めている家内ですが、私なんかは要らない物をなんで?と思ってしまいます。

コストコでの買い物は楽しいですが、「安い」というイメージが有るため、ついつい要らない物まで買ってしまうという難点があります。

 

今回の家内はまさにそれでした。義母とはぐれてプンプン、必要な物は品切れ、まさに天中殺のコストコ行きだったようです。

終活年賀状

Yahooニュースで「終活年賀状」を取り上げていました。

記事は「人間関係を整理したい、高齢だからなど、さまざまな理由で長年親しんできた年賀状のやり取りについて考える人たちがいる」という出だしで始まっています。

 

年賀状を作るのははっきり言って面倒なものです。

現役の頃などは、31日の朝から家内と二人で一生懸命刷り上げて、出来上がったら配達業務を行っている大きな郵便局へ出しに行ったものです。郵便局の入り口で局員さんに手渡すという事を毎年繰り返していたました。

 

勿論、元旦に届くはずもなく、慌てて作っているので一言添える余裕もなく、印刷だけの年賀状、今思い返せば失礼な事をしていたものだと反省してしまいます。

家内は未だ現役ですので私が退職してからの年賀状作りは、もっぱら私の仕事になっていました。

毎年12月の初め頃に義母の分、家内の分と共に作っています。

家内は自分の分に一言添える役に徹しています。

 

「なんで年末の忙しい時に!」と思う事も常でしたが、一年で最も心改まる正月を平穏に迎えるため、日本人の心に染み付いた行事、貰ったらやはり嬉しい・・・

元旦に届いた年賀状を見ていると「お正月だなぁ」としみじみ思います。まぎれも無く立派な日本の文化です。

 

しかし、私も60を越えた頃から「いつかは年賀状終い」をしなくてはと思っています。若い人たちは、SNSやラインなどで「ハッピー ニュー イヤー」てな事も多いようですが、年寄りまで年賀状を出さなくなってしまうのも少し寂しい気がしますが、仕事に付き合いも無くなりますので利害関係からも解放されています。

 

高齢者となった今、嫌だといっても結局は一人で死んでいく事が現実味を帯びて来ました。

第一、いつかは体力的にも年賀状を作れなくなりますので、早めに準備しておくのも一考です。

少し寂しいかも知れませんが、形だけの年賀状はそろそろ終わりにしようと思っています。

 

家内にも「70歳になったら年賀状は終わりにする。」と宣言しています。

勿論、気の置けない共との交流は続けて行きますが、少しづつ身辺の整理をしておいた方が良いかもしれません。

 

「屁理屈や!元々年賀状作るの嫌いのくせに!」と反論出来ない言葉が飛んで来ます。

でも、そろそろ終わりにします。

「カタカナ語小辞典」買いました

中央銀行(セントラルバンカーの経験した39年)」(白川方明)という本が目にとまり、ついつい買ってしまいました。

単行本で700ページを越え、字も細かいですので結構な分量です。

 

前々から、前日銀総裁の発言には共感する事もあったのですが、要は衝動買いです。

定価が4,500円少し迷いましたがチャレンジしました。

取りあえずは、毎日必ず一回は本を開くと心に決めています。

 

そこで問題が!金融政策のプロが書いていますので「マネーサプライ」「キャピタル・ゲイン」「ファンダメンタルズ」「トレードオフ」・・・

分からない横文字(カタカナ語)が、洪水のように迫って来ます。

 

英語が苦手な私は、今までも本を読む時には雰囲気だけで横文字を読み飛ばしていました。

いちいち意味を調べるというのが面倒く調べる事は無かったのですが、この本の著者は世界で活躍する中央銀行総裁でしたので、何の抵抗感も無いかのように横文字が飛び出して来ます。(当たり前の事ですが)

 

英語の素養の無い私には大きなハードルとなりました。

一般の書籍の何倍の横文字、キーワードのような語意を持っている横文字、少しでも理解したいと「カタカナ語小辞典」(476円)を購入しました。

 

英語をしっかり勉強するのが正統派でしょうが、私は安易な方に流れます。

「iphone」や「タブレット」で検索すれば?普通はそうですが、私は未だに「ガラケ―」!インターネットが使えるのか?ネットが使える料金を払っているのか?

通話とメール限定といった使い方の私は、携帯でのインターネットは使った事はありません。

 

そこで登場したのが、ポケット版「カタカナ語小辞典」です。

これなら電車の中でも直ぐに取り出し使えそうです。

 

今は、書籍と小辞典セットにして持ち歩くようにしています。

遅読の私が読み終えるのは、いったい何時になるやら?

4,500円の重みを痛感しています。

途中で挫折したら妻に何を言われるやら分かりません!