堺市の変人

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マーラー「交響曲第九番」

マーラーの九番と言えば、ワルターウィーンフィル盤(1938年)やバースタイン・コンセルトヘボウ盤(1985年)が有名ですが、もうひとつバルビローリ・ベルリンフィル盤(1964年)も気になります。

 

マーラーを聴くならワルターバーンスタインを選べば間違いないと言われるように、ワルターマーラーの直系の弟子、バスタインはマーラー信奉者、共に世界的な指揮者ですので演奏の素晴らしさは想像できます。

 

バルビローリは、客員指揮者として定期的にベルリンフィルに招かれていましたが、1963年1月に演奏されたマーラーの第九は、ベルリンを感動の渦に巻き込む成功を収め、楽団員から「バルビローリの指揮でこの曲(第九)の録音を残したい」という異例の申し出により、1964年1月に録音されました。

 

ウィーンフィルと並ぶ名門楽団の団員にこれ程までに感動を与えた事だけでも演奏の素晴らしさが窺えます。

この第九番は78分の大作です。一般にマーラー交響曲は時間が長く、昔の音楽喫茶なんかでは、「マーラーはお断り」といった店も有ったようです。ベートーベンの第九でも70分前後(指揮者によって演奏時間が違います)ですので、気軽に聴けるという曲では有りません。

 

一時は日本でも人気を博したマーラーですが、べートーベンの起承転結がはっきりし、頭の中で物語が浮かんで来るという感じとは違い、ある意味聴き難い曲です。(ブルックナーと似ています)

しかし、一旦聴き始めると最後まで聴き入ってしまいますので、マーラーの集大成とも言えるこの曲は私の理解を越えた魅力が有るようです。

 

マーラーブルックナーショスタコ―ヴィチなんかは、一度ゆっくり聴き通してみたい作曲家ですが、なかなか忙しさにかまけて落ち着いて聴いていません。

先ずはマーラーから!

部屋を掃除し、ステレオを調整して準備というところです。

「砂肝」のおばちゃん

昨日は犬の躾教室に行ってきました。

久々の晴天の休日で、気温も25度位と大変過ごし易く、緑の中で思いっきり新鮮な空気を吸っているだけでも日常を忘れる事が出来るような感じでした。(躾教室を開催しているドッグランは山間部にあります)

 

家内はこの躾教室には必ずお手製の「砂肝ジャーキー」を持って行きます。

「砂肝ジャーキー」はスーパーで販売している鳥の砂肝を包丁で開いて、オーブントースターで焼いただけのものです。

焼き立てを適当な大きさに切って冷凍していますが、焼き上がった「砂肝」をキッチンペーパーの上に並べ、そのまま少し乾燥させると硬くなってジャーキーらしくなるようです。

 

「砂肝はカロリーも低いのでワンコのオヤツにはピッタリ!」だそうで、最近ではワンコのオヤツはこれ一種類だけに決めているようです。

スーパーで期限間近の物が2割引~半額になっている時に買っては調理しています。

 

ワンコ達は、この砂肝ジャーキーが大好物!

躾教室の途中、3時頃に(人間の)お茶の時間、お茶の時間がひと段落した頃、いよいよワンコ達のお楽しみの時間がやってきます。

家内が砂肝の入った袋を取り出すと、犬達が一斉に家内の足元に大集合!

皆お座りをして大人しく順番を待っています。しかし、中には待ちきれなくて家内の膝に飛びつく者もいたりして、その度に後ろに下がり待つように払われます。

大勢の犬にオヤツを与えたりする時には、人間と犬の間にある程度の距離を保たないといけません。(秩序が無くなると我先にと大騒ぎ、パニックになってしまう事も!)

近すぎると犬達の距離も近くなり、食べ物を巡る争いに発展してしまう事も多々ありますので、オヤツをあげるのも躾の一環のようです。

家内を中心に綺麗に半円形に並んだ犬達は順番にオヤツにありついています。

 

躾教室に行くと、家内は犬達に大歓迎!

でも、決して犬に好かれているのでなく、おやつをくれる人程度のようです。

家内は、ただの「砂肝のオバチャン」でした。

秋の「盆踊り」?

先日、母の入所施設(特養)から「秋祭り」の案内が届きました。

多くの入居者が居られる中で、母の側に家族が居ないというのも寂しいと思い、家内と二人で参加しました。

 

夜6時30分~8時までの予定でしたが、天気周りが悪く「雨天中止」になるのではと心配しましたが、たまの親孝行、天気の神様も気を使ってくれたのか9月22日は雨も降らず過ごし易い夜でした。

 

場所は施設のバルコニー、真ん中に矢倉が設置され、おでんやたこ焼き、ポテトフライやかき氷、勿論ビールやお茶のコーナーも有り立派な催しでした。

音頭の歌い手さんもプロかな?というほど本格的です。踊り手さんもボランティアのようですが、踊り慣れている方も数名居られ見ていて飽きません。

 

みんな楽しそうで、此方にも「楽しさ」が伝わって来ました。

なにより嬉しかったのは、もう私の顔も忘れているお袋が笑顔で楽しそうにしている事でした。たまに手を叩いて喜んでいます。

そんなお袋の嬉しそうな姿を見ていると涙が出そうになりました。

 

初めての秋祭りらしいですが、内容は「盆踊り」?

でも、これだけ楽しい企画ならOKです。

季節も夏より今頃の季節のほうが過ごし易く、お年寄りの身体にも良いように思います。

河内音頭」や「江州音頭」、「炭坑節」とそれはそれは太鼓に合わせてノリノリでした。

意外とエレキギターの伴奏も違和感無く聴く事が出来ました。

 

家内は踊りを、私は河内音頭を習ってみたいとか言いながら、あっという間に1時間半が過ぎ秋祭りが終わりましたが、ややもすると暗いイメージが付きまとう施設の中で、こんなにも楽しい一時が有ったことに救われたような気持ちになりました。

 

企画された施設のスタッフの方に心から感謝です!

表と裏で違う「ピースサイン」

テレビなんかでも良く目にする「ピースサイン」、一般的には「Vサイン」とも呼ばれています。私自身も何かの拍子に「やった!」とかいって「ピースサイン」を出す事もあります。

この表現は、手のひらが自分に向いている時と相手の方に向いている時とで意味が違うようです。

 

掌が自分に向いている「Vサイン」は要注意!

オーストラリア、アイルランドニュージーランド、イギリス等では、侮蔑の表現として用いられるため要注意!

1992年にブッシュ大統領(父ブッシュ)がオーストラリアを訪問の際、友好の意味合いで車中から観衆に向かって手の平を自分に向けてピースサインを出し、大きな非難を浴びたようです。

 

「Vサイン」は、第二次世界大戦中、連合軍の「勝利」への合言葉のように用いられ、BBC(英国放送協会)は「勝利のV」キャンペーンを展開した事でも有名です。

最も印象深いのは、チャーチルの「Vサイン」、イギリスはこの難局を戦い抜くといった不屈の精神の象徴が「Vサイン」だったようです。

 

チャーチル首相も初めは手の平を自分に向けたり相手に向けたり、葉巻を指に挟んでといった仕草を見せたようですが、掌を自分に向ける「Vサイン」が「侮蔑」の意味を持つと知ってからは手の平を外側にした適切なサインを事あるごとに発していました。

ド・ゴールをはじめ連合軍の他の指導者もこれを用いるようになった事から「大戦勝利」の象徴的な振舞いとなったようです。

 

歴史的な背景を持つこのサイン、リチャード・ニクソンは、このサインをベトナム戦争勝利の印として用いていましたが、片やベトナム戦争に反対する若者達は、このサインを「平和のサイン」とし、「ピース(Peace)」を訴えた事から、「ピースサイン」という呼称が広まったようです。

 

日本では当たり前の「手招き」もアメリカでは反対に「あっちに行け」という意味に使われます。

ちょっとした事ですが、外国ではまるっきり反対の意味合いを持つような事もあります。

国内では問題ありまっせんが、外国に行く時には気を付けたいものです。

微妙な距離

預り犬のチビ介が徐々に馴れてきて部屋の中を走り回るようになりました。

バリケンに入れようと捕まえに行くと逃げるくせに、此方が何かの作業をしている時など横で寝そべるようになりました。

馴れるのは嬉しい事ですが、馴れるにつれ悪さも「これが仕事!」と言わんばかりにハッチャケてます。

 

昨日は、何を思ったのか部屋の中を全速力で走っていました。やっと落ち着いたと思うと今度は凡猫の尾っぽを噛んで猫パンチを食らっていました。

「尾っぽを噛まれて怒らない猫なんか居ないのに」自業自得です。

 

先住犬(凡犬)は、チャカチャカした奴は嫌いなので、事ある毎に「ウ―」と唸って牙を剥いていますが、その度に叱られていますので少し嫌気がさしているようです。

「フッ」と気が付くと、凡犬はチビ介を避け、洗面所や玄関に避難し、チビとの接触を避けているようです。何時も微妙な距離を保っています。

叱られないためには、これが一番と学習しているようで、何時も「微妙な距離」を保っています。

 

このチビ介、凡犬や凡猫にいくら怒られても全く動じていません。

何回も何回も唸られ吠えられ猫パンチを食らわされても、暫くすると同じ事ことを繰り返しています。

「全く反省が無いな」「怪我せん程度に怒られろ!」と家内もあきれるやら、感心するやら忙しいですが結局は「憎めんな」と甘々!

 

日曜日に避妊手術をし、未だ抜糸もしていないのに走りまわるチビ介をみていると、怖さよりも新しい世界を見る事の方が余程楽しいかが窺い知れるようで、命の躍動感といったものを感じてしまいます。

 

今もこ奴は、馬の蹄を加えてバリケンを出たり入ったりと電池が切れるまで大人しくはならないようです。

「野良の子は引き出されなかったら殺処分」、少し位は感謝しろ!

「プリーズ・リクエスト」

オスカー・ピタ―ソン・トリオの名盤中の名盤、「プリーズ・リクエスト」、ジャケットは「ウィ・ゲット・リクエスト」となっていますが、「プリーズ・リクエスト」と呼ばれています。

 

今、耳元でこのCDが流れています。

巨匠オスカー・ピーターソンの粒立ちの良いピアノ、レイ・ブラウンの弾けるようなベース、エド・シグペンの歯切れがあっても決して前に出ないドラム、これぞジャズ・トリオといった演奏です。

 

スタンダードナンバーを小気味の良いピアノがメロディーを奏で、ジャズ初心者でも抵抗感なく聞く事が出来ます。

今は、テレビのスピーカーで聴いていますが、本格的なオーディオセットで聴いてみたくなってしまいます。

 

第一、50年前の録音とは思えない程良い音ですので、マニアの方がテストCDに良く聴かれるというのも納得出来ます。

スタンダードナンバーで聴き易いとはいえ、ピアノ・ベース・ドラム、どれも非の打ちどころのない演奏です。

それらが、寸分の狂いも無く正確にメロディーやリズムを刻んでいきますので、聴いていて何のストレスも感じません。

 

それにしても、ピーターソンのピアノの粒立は、何時聴いても「快感!」を覚えてしまいます。

特にこの演奏は、彼の真髄が余すことなく発揮されており、ピアノの音だけを聴いていても飽きません。

 

幾人かのドラマ―の入れ替わりがあったようですが、オスカー・ピーターソン・トリオは、この演奏のメンバーが最高のような気がします。

録音から50年以上経過していますが、現代の最高と言われるジャズピアニストやドラマ―、べ―シストを集めても決してこれだけ素晴らしい演奏は出来ません!

 

ジャズ全盛期にこのような録音が残された事は、素晴らしい事のように思えます。

映画監督「クロード・ルル―シュ」

「ダバダバダ ダバダバダ」というスキャットで有名なフランシス・レイの名曲「男と女」、同名の映画「男と女」、男女の心の揺れ動きという感情が見事に表現されたフランス映画の代表作です。

名曲が映画の主題歌以上の役割を持っています。この映画はこの曲が無ければ成り立たないような感じさえ抱かせます。

私は、勧善徴悪のアメリカ映画や、人間の心に深く切り込んだようなイタリア映画の方が好きですが・・・

 

先日、「SONG TO SOUL」という番組でこの曲が紹介されていましたが、ルル―シュ監督のインタビューが印象的でした。

私が感心したのは、映画「男と女」です。内容は別として監督の「クロード・ルル―シュ」の映画作りへのこだわりが大変好感が持てました。

 

先ず、この映画の主題歌「男と女」の歌手「ニコル・クロワジ―ユ」に監督が求めたものは、「君が美しい調べを歌うことに興味はない。美しい調べに興味はない」「君の声が外れたり、嗄(シャガ)れたりした時、感情により声が詰まった時に僕は感動する」それを聴きたい。

ルル―シュ監督は、楽器のような声でなく、心を語る声を望み、感情が高まると喉が詰まるような状態を望んだというのですから彼のこだわりは大したものです。

 

映画そのものに対するこだわりも徹底しています。

「私が映画に望むことは見えないものを撮影することです。映画監督として矛盾していますが見えないものを撮影するのが好きなのです。」

「何よりも私は人々の無意識に夢中になります、だから映画ごとに人間の真実と誠実さを求めます。」

「俳優は愛したり死んだふりをします“ふりをする”のが彼らの仕事です。でも私は“ふりをしない”状態が好きなのです。私は俳優が自分を解放し人間である自分自身を見出すのが好きで、俳優でなく人間を撮影したいのです。」

「この映画は私に平凡な映画をつくるべからず、監督と監督中心の映画をつくるべし・・・と私に語りかけています。この映画のおかげでイカサマ(誇張や飾り?)をしないことを決めました。」

 

映像の中で演技よりも生身の人間の動きを求めた感性は、さすがだなと思わせる物があります。

白い恋人たち」や「愛と哀しみのボレロ」なんかも、映像から芸術を感じてしまいます。

ルル―シュの作品は、ある意味アメリカ映画と対極をなすものだと言えます。

「軟弱?」といった思いがあったフランス映画ですが、その価値を再発見させられた番組でした。