堺市の変人

堺市から情報を発信する変人親父です

あかんたれの「二匹」

先日、所用で東京に行きましたが、ワンコとニャンコを連れても行けず凡犬と預り犬のチビ助を預って貰う事にしました。

猫は一泊だけでしたら餌と水さえあれば平気ですが、ワンコはウ〇チとオシッコは外でしかしません。

仕方が有りませんので、近所で一晩預って貰いました。

 

二匹それぞれに別のお家にお願いしましたが、一泊だけでしたのでそんなに心配はしませんでした。

一日位、水さえあれば環境が変わって餌を食べなくても大丈夫です。

預り犬の預り先は、今も犬を飼われていますし、もう一軒は1年位前まで犬を飼われていたお宅ですので安心です。かえって「これも勉強」といった思いでした。

 

東京での用事も済ませ、予定通り翌日の夕刻には帰って来れました。

 

帰って早々に、ワンコを迎えに行きました。

先ずは「凡犬」、バリケンも一緒に預けてあるので大仕事です。

預って頂いた方には「前飼っていたワンコと同じで大人しいく良い子でした」と褒められたのですが、「前脚で触って来るような素振りは何?」と聞かれました。

 

凡犬は、撫でて欲しい時には前脚(右足)で触るような素振りを見せます。

しかし、こいつは「一生一主」と言われる主人には忠実ですが簡単には人に懐かない「柴犬」です。

それが、一晩で他人に「撫でて・・・」とは、「柴犬」にあるまじき行動!情けない限りです。

 

次は預り犬、此方も全く心配していなかったのですが、バリケンから一歩も出なかったようです。

家では、猫を避けながらも凡犬と遊んだりリビングで何の心配も無いかの如く爆睡したりしていますが、根は気が小さいようです。

「内弁慶」そのものの性格が暴露!と言ったところです。

 

性格の違うワンコですが、二匹共「あかんたれ」だった事は確かなようです。

以外に低い日本の「幸福度」

国連が毎年、「世界幸福度ランキング」を発表しています。

これは、ブータン王国が国策として「国民総幸福量」を政策に活用している尺度ですが、国際連合もこれを採用し、毎年「世界幸福度ランキング」を発表しているものです。

 

2018年3月14日に発表されたランキングを見ると、以外にも日本は昨年より3つ下がって54位となっています。

一位がフィンランド、以下ノルウェーデンマークアイスランド、スイス、オランダ・・・と、ヨーロッパ勢が上位を占めています。それも、一般的な経済大国という国が上位に入っていません。ようやく15位にしてドイツ、アメリカが18位となっています。

 

この幸福度は、GDP等の一般的な経済指標だけでは無く、①一人当たりの国民総生産(GDP)に加え、②社会支援の有無(困った時、いつでも助けてくれる人がいるか)、③健康寿命(健康を優先しているか)、④人生選択の自由(自分の生き方を自由に選択し満足しているか)、⑤寛容さ(過去1ヶ月間に慈善事業に寄付した金額はいくらか)、⑥汚職(政府やビジネス界の汚職はないか)という6項目を分析し、人々が「幸せ」や「不幸せ」を感じる度合いを各国1,000人に調査したもののようです。

 

結果を見て驚きました。

私は、治安という面からも、もう少し日本は上位だと思っていました。

テレビなんかでも、来日外国人が過去最高といったニュースを良く耳にしていましたので、10位以内には入っていると思っていましたが、G7(先進7ヶ国)では最下位、OECD加盟国35ヶ国中27位という結果です。

 

日本は、健康寿命は長いものの、寛大さや汚職のポイントが少し低いようです。寄付しない国民性、汚職が多いという点で劣っているようです。

私も過去1ヶ月間に慈善事業には全く寄付していません。

 

多くの項目には、客観的な数字と違い人の主観も要素となっていますので、日本が54位だと言って必要以上に悲観することもありませんが、最低限言える事は「国民の幸福度」は、経済力だけでは実現出来ないような気がします。

 

結局、お金で「幸福」は買えないという事かも知れません。

新しい夢に向え!「稀勢の里」

先週のスポーツニュースは横綱稀勢の里」の引退会見で持ち切りでした。

家内は、「稀勢の里」のファンです。何かとやかましいです。

 

貴乃花以来14年振りの日本出身横綱となった「稀勢の里」は、日本中の期待を背負っていたと言っても過言ではありません。

長い時間をかけてやっと横綱になった苦労人ですが、地道な努力ゆえにディープなファンが多い力士です。

 

怪我で欠場が続き「引退」という言葉が世間で囁かれ続ける中、期待するファンのために日本人横綱として頑張ってきたのでしょう。

相撲協会の対応が甘すぎる」「引退するのが遅すぎる」・・・むしろ早々に引退するほうが楽な道だったのではないかと思います。しかし、多少は横綱という地位にしがみついた感があるにしても、それ以上に周囲の期待に応えたい、横綱としての使命を果たしたいという思いの方が強かったようにみられます。

 

引退会見で印象に残る一番は?との問いに、平成29年初場所千秋楽で横綱昇進を決めた「横綱 白鵬との一番(稀勢の里勝利)」と答えています。

後日、テレビ番組で白鵬へのインタビューが紹介されていましたが「稀勢の里との印象に残る一番は?」との問いに白鵬は「63連勝を阻止された平成22年11月場所の一番です」と答えています。

 

22年のVTRを見ると、勢いでは白鵬の方が押しているように見えます。

稀勢の里が最後の最後に白鵬を土俵から押し出し、白鵬は観客席まで転がっていますが、起き上がった白鵬は首を傾げながら少し笑っているように見えました。

清々しい顔でした!

 

63連勝をストップされた一番でしたが、悔しさの中にも「いつか負ける時がくる」といった諦念が白鵬の表情に感じられました。

印象の一番を聞かれ、自分が負けた一番を答えた白鵬にも相撲道の真髄を見た思いがしました。

 

横綱という地位に付いた力士は最後は引退しか残されていないという制度は古い」と先日ビートたけしがニュース番組の中で言っていましたが、最後は引退しか残されていない王者、それでこそ、それだからこそ横綱なのだと私は思います。

やはり、相撲は一般のスポーツとは違い、神に捧げる「神事」であり「武道」です。

 

天才肌で無く下積みの苦労も分かっている「稀勢の里」はとても良い親方になると思います。いや、相撲界のためにも必ずや良い親方になって欲しいです。

彼の弟子が横綱になる日が楽しみです。

それまでは、引退しても精進!精進!「稀勢の里」の勝負は、これからも続きます。

カフェ「ボンドルフィ ボンカフェ」

先日、東京に行った時に霞が関のコーヒー・ショップに入りました。

家内がインターネットで探した店が「ボンドルフィ ボンカフェ」、店内だけで無く外にもテラス席があるちょっとオシャレな店でした。

 

実は私、初めて入るコーヒーショップでは、あまり味に期待しない事にしています。

その日も打合せ兼時間つぶしといった感じで、なるべく近くの店に入ったのですが、これが結構有名なお店だったようです。

 

「ボンドルフィ カフェ」は、イタリアのローマで1855年の創業以来160年の歴史を持つ老舗です。(初めて知りました)

イタリアといえば「エスプレッソ」という感がありますが、今回は無難にカフェ・ラテを注文、一口飲んで驚きました。

 

コーヒーの苦みとローストした香ばしさがシッカリ出ています。

これで400円(S)ですので、決して高くはありません。

家内も「カフェ・ラテは、牛乳が勝っているのが多いのに此処のはコーヒーの味がしっかり味わえる」と気に入ったようでした。

 

第一、知らぬ間にカフェラテが無くなり、もう少し飲みたいと思わせてくれる味でした。チェーン店ですがレベルは高いです。

それではと、もう一杯、今度は「カフェ アメリカ―ノ(350円)」を一杯頼み、家内と半分こしました。(エスプレッソを頼む勇気はありませんでした。)

この「カフェ アメリカ―ノ」も大正解、軽いながらもコーヒーの味がしっかり出ていました。

 

2杯目を頼む時に、店員さんとお話をしましたが、東京圏に数店舗、この霞が関の店が一号店らしいです。

聞くと、その店員さんは「バリスタ」、日本人に合うようにローマと交渉する責任者だったようです。

「日本人の舌に合うように頑張っています。」という言葉は、飲んでみて頷けました。

 

帰ってインターネットで「霞が関、コーヒーショップ」で検索すると、お薦めカフェ6選のトップにこのお店が紹介されていました。

行き当たりばったりで入ったお店でしたが、思った以上に有名店だったようです。

オシャレなガラス張りで女性一人でも安心して入れます。軽食もありますので、軽くお昼という時にはピッタリです。

 

もしも、もしも、もう一度行く事があったら、今度は絶対に「エスプレッソ」に挑戦します。

大阪にも有ったら良いのになあ・・・

帰ってきました「S.T.Dupont」

本体からガスが抜け充填出来なかったデュポンのライター、大丸心斎橋店から「修理が終わりました」との一報が入りました。

親父が使っていた物ですが、是非とも使える状態にしたいと大丸に持ち込んだのですが、不幸中の幸い、部品交換の必要が無くオーバーホールだけで甦りました。

 

出来上がったという連絡を貰い喜び勇んで受け取りに行きました。

誠に他愛の無い事ですが、「早く貰いに行かなければ」「早く見たい」と子供のようにウキウキ気分で百貨店へ、エスカレーターが何時に無く遅く感じられました。

 

デュポンのコーナーでライターを話題に話をしましたが、応対の店員さん曰く、「このライター、開けた時の音が驚くほど良いです!」こんな言葉を聞くと気分は最高です!

デュポンのライターは、開け閉めの音に定評があります。

ジャズ喫茶で大きな音楽が流れている時にも、デュポンのライターの開閉音が聞こえると言われています。

 

ただ、この音は偶然の産物のようです。

デュポン社も開閉時の「音」は、製品の品質としては保証していません。

店員さんも「製品によっては、綺麗な音のしないのもあります。」と言っておられましたので、なんだか得をしたような気分になりました。

 

昔、レース鳩の漫画を読んだ覚えがあります。(題名は忘れました。)

その中で、タイムを計る「ビジョンタイマー」についての件がありました。

主人公の持っているビジョンタイマー、「STBスペシャル」は、普通のタイマーが1週間で1秒位の誤差ですが、たまたま製作段階で1秒の誤差すら生じない完璧な製品が出来てしまうという事です。

 

この完璧なタイマーには、「S」の刻印がなされたようですが、たまたま出来た製品ですので価格も一般の製品と同じだったようです。

50年以上前に読んだ漫画ですが、偶然の産物であるライターの「カキ―ン」という心地よい音が昔の記憶を甦らせてくれました。

 

今では使われないビジョンタイマーのスペシャルですが、いまなら、きっと何倍もの価格で販売される事必定です。

何でもお金の今と違い、おおらかな時代が懐かしく思われてきました。

高速夜行バス

所用のため、久し振りに東京へ行ってきました。過去に何回か言っていますが、仕事でしたので東京を楽しんだという実感がありません。今回もですが・・・

飛行機?新幹線?と迷いましたが、費用と時間の有効活用を考えて、往路だけ夜行高速バスにしました。

 

昔は夜行列車や寝台特急列車などが長距離をカバーしていたので、夜大阪を出発して早朝に現地に着くなんて旅行も何度かしたことがあります。(もっぱら信州方面でした。)

安いですし、寝ている間に着きますので時間の無駄がありません。若い時ですので体力もありました。

 

しかし、夜行バスは、昔スキーバスに乗ったきり30年以上乗っていません。

昔のスキーバスは、乗り心地は最悪、座席も狭い、後の人に遠慮してリクライニングも出来ない、窓際の席は寒いので眠れたもんじゃありませんでした。

現地に着いたらスキ―をするよりまず眠りたい、休ませて!となったものです。

 

若い頃でもそうだったのに、この歳になって夜行バスは無理があるのでは?と思いましたが、家内はバスで行くと言って譲りません!

 

東京までバスで行くと休憩時間も含めて約9時間かかります。(私達の乗ったバスは22:40に難波を出発して東京駅に7:30到着)

「ゆったり座れるバスにしたから」と家内は言いますが、トイレは付いていません。途中3回休憩があるから大丈夫だと言われても、寄る年波でトイレが近い私はとても不安で仕方がありませんでした。

 

しかし、乗ってみると思ったより座席が広く、2列 通路 1列 の3列シートが7列で乗客は20人(一人分は交替運転手の仮眠席のため)です。

しかも、バックシェル型のシートなので、いくら席を倒しても後部座席の人には全く影響が無いうえに、リクライニングは全て電動で、145度まで倒れます(フルフラットは交通規則でNGらしいです。)

 

一列の席は、横に仕切りカーテンが付いているのでまるで個室のようです(二列席の席と席の間にもカーテンが付いています。)

座席の背面にモニターが付いているので映画も楽しめます。大判ブランケットと腰ピロー、低反発ミニ枕も各席に配備されています。

 

最大限にリクライニングすると、さすがに足をまっすぐ伸ばすという訳にはいきませんが、思ったより眠れます。(家内は、爆睡していました。)

ただ、革張りシートのため、眠っている間に車の振動で身体が滑って下にずり下がっていくのが少し残念なところです。(バスによると思いますが)

 

窓には遮光と防寒を兼ねた厚いカーテンが引かれており、安眠を妨げ無いよう決して開けないようにアナウンスがありました。

 

そんなこんなで大阪を出てすぐに熟睡、気が付けば滋賀県草津パーキングエリアでトイレ休憩です。(休憩でバスが停車してもアナウンスはされず、青い車内灯が点灯するだけです。)実は、私は新大阪でも念のためトイレに走りました。

 

トイレ休憩でバスを降りると、車のナンバーが書かれた名札を渡され、バスの昇降口に書いてある出発時間を確認してからバスを降ります。乗ってきたバスが分からなくなる人も居るようで要注意です。

 

草津、浜松、海老名のサービスエリアでそれぞれ15~20分のトイレ休憩があります。

トイレの近い私は心配で仕方がなかったのですが、念のために持って行った携帯用トイレも使わずに済みました。私には、長距離の自動車での移動には携帯用トイレが必需品です。

 

定刻どおりに東京駅近くの高島屋前でバスを降り近くの待合室で一休み、そこの女性専用部屋には化粧室や着替のブースなどもあります。女性ブースは、降りたお客さんで満員だったそうです。

ここで身支度をしてから、皆それぞれに目的地に散っていくようですが、歯ブラシなども完備されていました。

 

これで、大阪→東京で5,600円というのですから驚きです。(一列シートの場合は6,100円です)

新幹線の片道が「のぞみ」で14,450円(指定席)ですから、時間の有効を考えるとお得かもしれません。

難を言うと、路面の震動を感じながらの9時間は、さすがに疲れます。でも昔のバスに比べると格段に快適です。

 

帰りは「のぞみ」で帰阪、東京→大阪で2時間半、やはりこれはこれで値打ちあるなぁと思いました。

 

欲を言えば、後10分休憩時間が長ければ、有名な海老名のサービスエリアも少しは見れたのに・・・

浜松では、「治一郎のバームクーヘン」も買えたかも・・・

 

そんな事をすれば、東京着が大幅に遅れるからダメだろうな・・・

「ジイチャン」が生きたアメリカ

昨年は日系人がハワイに移住して150年という節目の年だったようです。

それを記念して放送された「ジイチャンが生きたアメリカ」という番組が再放送されました。

 

日系人、尾崎家の100年のドキュメンタリーですが、ジイチャン(尾崎喜代太郎)は、26歳の時に若さと体力だけを頼りにハワイに出稼ぎに渡ったようです。

ハワイでは出稼ぎ労働者、永い小作時代を経て自分の土地を得て農園経営をしましたが、失敗、再起をかけてアメリカ本土に渡ったようです。

 

その頃の日系人は、あくまでも安い労働力として雇われていましたので本土でも低賃金でしたが勤勉な日本人は重宝されたようです。

ジイチャンが働いたのは、人が嫌がる厳しく危険な炭鉱です。

本土に渡って3年目、コツコツ貯めた700ドルで農機具を買い、土地を借りながらも農業を始めました。

 

自然災害、大戦の渦に見舞われながらも家族を育て生きて行く姿は、土地に根ざした人の生き様そのものでした。

ル―ツ(日本)を大切にし、子供達に「家の中では日本語を話す」といった教育を徹底した事からも祖国への思いが伝わってきます。

私なんかより数倍、日本への思いが強かった事だけは確かです。

 

「ジイチャン」が移民して100年、三世が集まった時に、「日系人への評価は高い、これはジイチャンたち一世と二世のお陰だよ」「マイノリティ(少数民族)の中で日系人の評価は常にトップ」「あの当時の人達が模範的だったからだ」と日本人労働者の評価が高かった事が紹介されていました。

 

当然、その頃は、あくまで労働者として働いていた日系一世や二世です。

「ジイチャン」達は、真面目にコツコツと働いただけですが、その勤勉な働き振りが際立っていたようです。

 

この話を聞いて、私は「真面目に一生懸命働く」「手を抜かない」といった昔からの教えが、実は大変素晴らしい事だと改めて考えさせられました。

ややもすれば、上手く世渡りしお金を儲けるといった風潮が出て来ていますが、一番大切な事は、額に汗して勤勉に働く事のようです。

 

技術大国日本という言葉が良く聞かれますが、真に日本が世界に誇れるのは工業や科学技術で無く、「勤勉」や「創意工夫」といった事のような気がしました。