マスネ「タイスの瞑想曲」
ヴァイオリンでおなじみの「タイスの瞑想曲」
葉加瀬太郎、アンネ・ソフィー・ムタ―やチェロのヨ―ヨ―・マ~の演奏が有りますが、私は、前橋汀子の演奏がお気に入りです。
演奏を聞くたびに「うーん」上手いなと感心させられます。テクニックを越えて情感が深く豊かにヴァイオリンが鳴っていると、ついつい奏者の事を忘れて聴きこんでしまいます。
葉加瀬太郎も世界的奏者のムタ―やヨーヨー・マ~も、私にはテクニックが耳に付いてしまいますが、前橋の演奏は「体を清めてステージに立っているのかな?」思うくらいの没入感があります。彼女の演奏は、類稀な情感の表現に満ちています。
ハイフェッツの一見冷徹とも言われる演奏とは対極的な気がします。
宗教色の濃いこの曲は、オペラ「タイス」の中で演奏される5~6分の曲ですが、ヴァイオリンがこれ程に表現力のある楽器だと改めて感じさせる演奏です。
CBSソニーの「チゴイネルワイゼン」(CD)に収録されていますが、日本人がこれ程の演奏を残しているのは気分の良い物です。それぞれの演奏は、ネットで試聴可です。
しまった!!
今日は我が家の凡犬の話です。
昨日のこと散歩から帰って来た時の話です。
いつも、外から帰って来た時には、足をタオルで拭いた後、必ず「お座り」して、そのまま「待て」して「良し!」と飼主が言うまで座ったまま動かないのが我が家のルールです。しかし、凡犬は、この一連のルールを軽く見ている節があります。
お座りしてても「もうそろそろ良し!って言うよね」みたいな感じでフライング?と思われる時も有りました。
ただ、昨日は「待て」と言っているのに「良し」を全く聞く事なく、ちゃかちゃかと走りだしてキッチンに居る家内の所に飛んで行きました。
家内がキッチンに居ると「何か美味しい物をもらえる」と思うようで、早く行ってオヤツもらわなくちゃ!と気もそぞろになるようです。(そう思わせている家内も悪いのですが・・・)
一目散にキッチンに駆けこんだはいいのですが、もちろん家内からは何もオヤツを貰えず、しかも後を追ってきた私と家内に挟み撃ちにされた時に初めて「まずい!」と思ったようで、私の顔を見上げると「お座り」の命令もしていないのに、私の顔を見上げながら「すたっ!」と座って「ほら、おりこうさんでしょ?!ちゃんとおっちゃんの言いたいことわかってるよ」という顔をしたのです。
勿論それで許される訳もなく、凡犬を抱きかかえ玄関まで逆戻りし、何時もと同じ「お座り」「待て」「よし」を一からいつもと同じルールを守らされる事となりました。
一度決めたルールは何が有っても守る!「一回ぐらいは良いのでは?」という思いは禁物です。
トレーナーさんからは、「ソファーに登らせない」「飼主の前を歩かせない」「和室には入れない」「無駄吠えはさせない」等、一度決めたルールは必ず守って下さいとよくいわれます。人に迷惑がかかる事以外は、それぞれの家庭でルールを決めれば良いようですが、決めた限りは徹底する事が大切なようです。
食い意地を張らせなければ叱られる事もなかろうに・・・
といつも思うのですが、なかなか食欲に勝てず同じ事を繰り返しています。
家に来て6年余り、「躾」の道が遥か彼方にまで続いています。
栗ご飯
美味しい「栗ご飯」を頂きました。
さっそく、「胡麻塩」を買って、家内と義母の三人でたらふく食べました。
大きな栗がたっぷり入った、それはそれは美味しいご飯でしたが、「胡麻塩」が美味しさを更に引き立てているようです。
栗と一緒に炊いたご飯、ただそれだけの素朴な味ですが、こういう料理を食べていると、「日本人に生まれて良かった」とつくづく思います。
外国だったら、これにバターを加えたりガーリックやサフランなんかで味付けし炒めるというように、もうひと手間加えるような気がしますが、私にとっては栗と米の味がしっかり味わえる素朴な「栗ご飯」が最高です!
海外、特にアメリカの食卓では、当然、ステーキやハンバーグなんかが食卓に並ぶようですが、グレイビーソースならまだしも、市販のステーキソースやハンバーグソースをかけて食べられているようです。
ハワイのスーパーでも、そのようなソースがずらりと並んでいて、どれを買って良いか迷ってしまいます。
でも、私の感覚では、美味しい肉にソースをたっぷりというのは、少しもったいないような気がしてなりません。
少しだけ醤油を垂らしたり、一つまみの塩を振りかけて食べる方が肉の味がしっかり味わえるような気がします。
美味しい蕎麦屋さんでも、蕎麦と一緒に「塩」が出て来る事が有ります。初めに少しの塩で蕎麦の味を味わって下さいという、お店の自信からの事でしょう。
「栗ご飯」を初め、「豆ご飯」「タケノコご飯」「牡蠣ご飯」「キノコご飯」・・・
季節毎に美味しいご飯がありますが、全てが直球勝負で素材の味を競っています。
四季のはっきりしている日本は、変化に富んだ食材に恵まれているようです。
「豆腐」は豆の味が命、「ゆで蛸」は噛んで甘みの有る物、「しらす」は磯の香り・・・と、何かとウンチクの多い日本人ですが、そのちょっとした拘りが「日本料理」を育てた原点かも知れません。
世界一の柿?
私の実家の庭は無花果(イチジク)のシーズンが終盤を迎える頃、柿のシーズンが始まります。
柿の木は4本、内3本は亡き父が亡くなる直前に植えた物で苗木だったものが成長して見事な実をつけるようになりました。
しかし、この柿の木、すべて「渋柿」なのです。
一度、まだ3本が苗木だった頃、以前からある柿の木の実が、家を留守をしている間に全て綺麗に無くなっているという事がありました。
柿泥棒は多分、「甘柿」だと思って盗って行ったのだと思いますが、「渋柿」だと知ってどうしたのかなと思います、翌年からそのような事は無くなりました。柿の実を木一本分全て取り切るということはとても大変な作業だった筈です。
家の柿の木はそんなに高い木ではないのですが、それでも梯子は必須アイテムです。
そして取った実はご近所さんに配りますが、皆さん「皮を剥いて干し柿にします」とおっしゃいます。しかし義母は「合わせ柿にする」と言います。
柿を合わせるというのは渋抜きをする方法です
まず、焼酎(35度の物)を用意します。(ホワイトリカーでもOK)
・柿は水で洗っておきます
・焼酎を適当な器に入れます
・柿のヘタの部分を焼酎に漬ける(5秒くらいでOK、いつも適当です)
・ビニール袋にヘタを下にして並べていく
・一段目が並べ終ったら焼酎を霧吹きで振りかける
・これを繰り返して三段くらいになったらビニール袋の口を縛って常温で放置
気温によって違いがありますがだいたい3日~5日で渋が抜けるようです。
柿は木に成っている時の日当たりの具合で、熟し度合いが違いますので袋の中の柿も渋が抜ける日数が違ってきます。そろそろかな~と思ったら一つ切ってみて渋が抜けていたらOK、渋が抜けた物から順番に食べていきます。
あまり放置すると熟しすぎてジュクジュクの柿になってしまいますのでご注意を!(家内の友人は熟しすぎた柿は、牛乳と水と熟し過ぎの柿をミキサーに入れてミックスジュースを作ってみたら檄うまだったそうです。)
今年も義母が渋抜きをした柿を我が家に返してくれました。
その時の一言「今年の柿はめちゃくちゃおいしいわ~本当に上手く合わさった。世界一の柿やで!」
自分が渋抜きした柿を「世界一」という所がなんとも義母らしい表現です。(家内にもその傾向があります。血ですね!)
さぞやと思い「世界一の柿?」を食べてみたのですが、普通の味でした。
家内と「世界二くらいやんなー」と笑いながら食べました。
映画「史上最大の作戦」
65年前に制作された「史上最大の作戦(The Longest Day)」は、監督が3人、出演者もジョン・ウェイン、ロバート・ミッチャム、ヘンリー・フォンダ、リチャード・バートン、クルト・ユルゲンス・・・と米・英・仏・独の豪華キャストが出演する大作中の大作です。
当然、白黒ですが3時間位の映画ですので見応えも十分です。改めて見直しても古さを感じさせません。
今は、戦争映画にしても西部劇と同様、客観的な視点で作られていいます。ドイツ軍やネイティブアメリカンは悪者といった一方的な考え方では無く、アメリカ(白人)の闇(悪)の部分を告発するような映画が多くなっているような気がします。(ダンス ウィズ ウルブスやプラトーンしかりです。)
このような歴史の真実に目を逸らさないという事は大切な事ですが、「史上最大の作戦」は、一昔前の典型的な戦争映画です。
それでも、一旦見てしまうと最後まで目が離せなくなるのは、大きなスケールと完全なフィクションでは無く歴史を忠実に再現しようという姿勢が有るからです。
全面的に米軍やNATO軍の協力を得ていたようですが、戦場の描写や武器に至るまで当時可能な限り再現されている事から、「あれっ」と思うような違和感を感じさせません。
今では大俳優のショーン・コネリーがチョイ役で出ているのも興を覚えます。
この映画に出て来るアイゼンハワ―大統領役は、当初、前大統領本人に依頼する考えもあったようですが、高齢等の理由から素人のヘンリー・グレイスに白羽の矢が立ったようですが、余りにもアイゼンハワ―に似ていた事から技術指導に来ていたアメリカ将官が彼の顔を見て、思わず「敬礼」をしたようです。
それにしても、西部劇でおなじみのジョン・ウェイン!戦争映画でも挌好良かったです。
リサイクル「帯」
前回ハワイに行った時に、お土産にテーブルセンターとランチョンマットを持って行きました。とはいっても、和服の帯のリサイクル品です。
たまたま近くのスーパーで、着物や帯の古着を売っているのを見かけました。
何気なく見ていると、結構良い柄の帯が2,000円、思わず一点買い求めました。
買う時には、既に、これを使ってテーブルセンターを作れるのでは?との思いは有ったのですが、自分で作れるはずも無く、しばらくは「リフォームの店」なんかで作ってくれるかな?なんて思い悩んでいました。
2~3週間経って、そうそう奈良県で袋物を作っているお店の店主が、前は呉服をやっていた事を思い出しました。
さっそく、帯を持って相談に行った所、「4000円で出来ます。」と快諾して頂きました。
帯を広げ、2mのテーブルに垂らせるように長さは2m50㎝~3m、残りはランチョンマットにしようということで、後は出来上がりを待つのみで「そんなに急ぐ事は無いですので手の空いた時に作っておいて下さい。」といった具合でした。
「出来てますので、何時でも取りに来て下さい。」という連絡を頂いてからも、なかなか行けず、結局一ケ月程して貰いに行きましたが、見て「ビックリ!」、裏生地が「ろうけつ染め」で上品に仕上がっています。リバーシブルでも十分に使えそうです。それも手縫い!ミシンでも出来るのですが、店主は手縫いに拘っているようです。
長いテーブルセンターとランチョンマット4枚、上品な雰囲気に仕上がっていますので、我が家には似合いません。結局、ハワイの友人へのお土産にしました。
その友人は、テーブルクロス&ランチョンマットを見るや「これ売れますよ!」と大満足のようでした。
西洋の人には、「東洋への憧れ」といった思いが有るようです。ヨーロッパで有名な磁器の「マイセン」も、元はといえば中国の磁器や日本の伊万里の純白で薄く、硬くて艶やかな磁器を作ろうとアウグスト強王が錬金術師べトガ―に命じて製法を研究させた逸話は有名です。
後日、その友人から改めて「150ドル~200ドル位なら買う人はいますよ」というお言葉を頂きました。
減価は6,000円位、現地でのお店への手数料、送料・・・どうにかペイはとれるかな?
日本では、着物を着る人が少なくなっており、着物や帯が古着で多数出回っていますし、各家庭のタンスにも多くの和服が日の目を見ずに眠っています。
こんな帯や和服を再利用し活用出来れば素晴らしい事です。
夢は膨らんでいきます!
ちょっと「ハッピー!」
以前、京都豆十(東山)の「空豆の素焼」きをご紹介しましたが、針の近くに行く事がありましたので、また買おうとお店に立ち寄りました。
目当ての空豆に手を伸ばし、「フッ」と横を見ると、今まで気付かなかった薄皮の付いた茶色い落花生(ピーナッツ)が目に入りました。
袋を見ると、「空豆の素焼き」と同じお店で作られています。
一袋だけ残っていたのを試しに買ってみました。
ピーナッツと言えば「千葉産」!でも、スーパーで売っているのと比べると、値段が5~10倍!絶対に買えません。
今回買ったのは、150gで250円、これなら私でも買えます。
家に帰って、さっそく食べてみました。「スゴイ!」この値段でこの香しさ!
豆は「中国産」ですが、家内も「炒り方が上手いのかな?」と言っていました。
一袋だけでしたが、私が少し食べた残りを知人に出した所、ついつい手が伸びたのか、残りを全部食べられてしまいました。後にこの店に行った時には、置いてあった5袋全部を買い占!
この「落花生」、原産は南米で、東アジアを経由して江戸時代に日本に持ち込まれたようです。こういう外来種は大歓迎です。(外来種でも人間に害にならない物は歓迎する勝手なオッサンです。)
たまたま目に入った落花生、本当は薄皮ごと食べる方が健康に良いらしいですが、薄皮を剥きながらチビチビ食べるのも、らしくて良いものです。
高くて美味しいのは当たり前ですが、安くて美味しい物を見付けた時は「ハッピー」な気持ちになる単純なオッサンでした。