二つの「良いこと」
今朝の散歩もワンコ二匹と連れ立って何時もの緑道を歩きました。
リードの長さを少しずつ変えて、凡犬はリードを長めにして外側、預り犬は少し短めにして内側を並んで歩かせていました。
一人と二匹が並んで歩いていると、何時も「賢いね」と褒められます。(実際はそんなに賢く無く少しお馬鹿さんなワンコ達です)
今朝も少し年配のご婦人とすれちがった時に「賢くて大人しいね!」と褒められていました。
「家も柴犬二匹飼ってるけど、こんなに大人しく散歩しません」と愚痴をこぼされていました。
初めてお会いする方でしたので、「そんなに賢くありません」と適当に言葉を返していましたが、本当は飼い主がその気になれば必ず並んで歩く事ぐらいは出来ます。
「やろうと思えば出来ますよ」と喉まで出そうになりましたが、オッサンも65歳!
笑顔で誤魔化しておきました。
我が家の凡犬も家内の横に付いて歩けるようになるまで2年かかりました。いくらなんでも2年は長過ぎますが、原因は家内がワンコを自由にさせっぱなしで歩いていたので並んで歩く事なんて出来っこありません。
たまに私が注意をすると、「自由に臭いを嗅がさせてあげんな可愛そうや」という言葉が何時も返ってきていました。
オシッコやウンチが終わったら、リードを短めに持って横に付く練習をすれば、意外と早く出来るようになるものです。
初めの内はリードにテンションが掛かってワンコの「自由にさせろ!」という声が聞こえてきそうですが、その内ワンコも諦めます。いくら引っ張っても無駄と分かると此方のものです。リードにテンションもかからず大人しく歩くようになります。
「躾」には諦めさせるという要素もあるようです。
緑道から公園に入り、何時ものベンチで煙草を吸っていると、「こどもみまもり隊」の緑のベストを着た初老の紳士が手挟みを持ってゴミを拾って居られました。
私の座っている目の前の吸い殻入れも綺麗にしながら、落ちている吸い殻もせっせと拾われています。
煙草を吸っていた私は思わず「これは持って帰ります」とアピールしたのですが、紳士は笑顔で「ここ(吸い殻入れ)に捨てておいて下さい。」「気を付けてお帰り下さ。」の一言!
本当に頭が下がる思いでしたが、近くの綺麗な公園も緑道も皆が頑張って保っているのだなと改めて「努力」の大切さを教えられました。
今日、二つ目の「良いこと」でした。
「賢い犬」という一つ目の「良いこと」は、あやしいものですが二つ目の「良いこと」は間違いなく大切な事です。
私も何時かこのようなゴミ拾いが出来るようになりたいです。