リヒテルの「ピアノ協奏曲ニ番」
クラシックピアノと言えば、マルタ・アルゲリッチ、ウィルヘルム・バックハウスなんかが私の好みです。
アルゲリッチの天才を想わせる「ハッ」させられる演奏は最高です。(若い頃の演奏ですが)
ショパンのピアノ協奏曲一番なんかは驚いたり泣けて来たり忙しい限りです。
バックハウスの「いぶし銀」の演奏は、驚きといったものはありませんが、聴き終った後に何の不足も無く安心して聴く事ができます。
ベートーベンのピアノ協奏曲四番、出だしの心地よさは比類ないものです。
天才肌のアルゲリッチ、努力家のバックハウスと個性は違いますが、今のピアニストが再現し得ない演奏は歴史に残る名演のような気がします。
今、聴いているのはスヴャトスラフ・リヒテル、実はそんなに好きなピアニストではありません。(あくまで好みですが)
パワーとテクニックでグングン行くタイプのように感じ好みではありませんが、このラフマニノフ「ピアノ協奏曲第二番」は別格です。(1959年録音)
オーケストラとピアノが一体となっています。ピアノがオーケストラの一部でありオーケストラがピアノの一部のような感覚にさせてくれます。
リヒテルの粗野とも思えるピアノの音が、此処ではパワーとなり迫力となって押し寄せてきます。
世界的なピアニストのグルダが「これは露出趣味と知性の混合が稀に見る成功をおさめた例で私は到底およびません。この事を私は喜んで認めます。リヒテルが激しさとほとばしる流れによって表現しているものは実にすばらしいと思います。」と称賛しているように、神がその時と人に与えた類稀な演奏といった思いがします。
世界的な名ピアニストでも歴史に残る演奏はめったに出来るものではありません。
指揮者ヴィスロツキ、ワルシャワ・フィルといったコンビですが、同じCDに納められているカラヤン指揮、ウィーン交響楽団のチャイコフスキ―のピアノ協奏曲第一番と聴き比べても、この演奏の凄さが際立っています。
チャイコフスキーも決して悪くは有りませんが、リヒテルのラフマニノフには人智の及ばない何かが働いているような気がしてなりません。
リヒテルは決して好きなピアニストではありません。
しかし、この演奏に限っては脱帽の限りです!