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堺市の変人

堺市から情報を発信する変人親父です

旅のスパイス

 旅の記憶を辿ると、これって事は無いのに何時までも残っている思い出があります。奮発して買い物をした事や有名な所へ行った事よりも、その時々のちょっとした地元の人との触れ合いや地方の他愛もない風景が意外と心に残っているようです。

 山からの帰り、お金が無かったので松本から名古屋までローカル線に乗った時には、当然の事ですが乗り降りは全て地元の人達でした。扉が開く毎に風が吹き込み日常の生活を運んで来ます。ある駅で入って来たのは「真っ赤なホッペ」の女学生!本当に「真っ赤なホッペ」なんです!昔は皆そうだったなあ・・・心の中で埋もれていた記憶が心地よく甦って来ました。そういえば、「洟垂れ小僧」も居たっけ、ミシンで縫った(補修した)ズボンの膝小僧が当たり前だった小さい頃の事が懐かしく思い出されます。

 以前、富山に下りた時(剱岳立山か忘れてしまいました。)も、旅人が立ち寄らないような小さな居酒屋で店のオヤジと楽しく飲んだ事がありました。連れが燗を頼んだら「この酒」はといってオヤジの講釈がひとしきり、チロリ酒が温まったら「ぼッ」と火を付けて「アルコール分を少し飛ばし旨みだけを・・・」と又講釈、挙句の果ては「旅の人(私達)が居るから静かにせい(富山弁は忘れました)」と他の客に説教する始末です。30~40年前の事ですが今でもはっきり覚えています。

 家内の経験ですが、30年くらい前に能登半島を友人と二人で旅行した時のこと、輪島の宿まで路線バスに乗ったのですが、その頃でも珍しくなっていた車掌さんがバスに乗っておられ、がま口を首にさげられて乗車賃を集めておられたそうです。(がま口、懐かしいですね。)乗客のお婆ちゃんが運転手さんに声をかけるとバス亭でも無い場所でバスは止まり、お婆ちゃんは御礼を言って降りていかれたそうです。そういう風景が当たり前のようで印象的だったと言っていました。

 松本駅だったか定かではありませんが、ホームでの時間待ちの間に発車の時刻を気にしながら「立ち食いそば」をかき込んだ事も懐かしく思い出されます。もし、今、ハサミで切符を切る改札が有ったら並んででも切って貰います。(バカ丸出し!)

 ちっぽけな思い出ですが、私には大切にしまっておきたい貴重な記憶です。