堺市の変人

堺市から情報を発信する変人親父です

良い人

義母の年下の友人に文句なく「良い人」と思ってしまう人が居ます。

 

その方は二人で交代する勤務体制で働いておられるのですが、ご実家の法事があって当番日を変わってくれないか?と相方にお願いしたのだそうですが、相方の答えは「NO」だったようです。「三日続けて働きたくない」というのが断った理由だそうです。

 

しかし、今年の6月にその相方は1ヶ月間休み(病気等では無く)、その間義母の友人は交代なしにぶっ続けで働いていたらしいのですが、さすがに、その1ヶ月間は「やっぱり毎日働くのはしんどいわ~」と言いながらも相方の悪口も言わずにおられたようです。

 

でも、今回たった一日の交代も断られたという話しを聴き、義母や家内は「自分はさんざん代わってもらって休んでおいて、なんて勝手な!!」と怒ってしまったそうです。

 

その友人は笑いながら「うん、会社変わったらって友達にも言われる」と一言、義母が「そうや、仕事変わったら」と真面目に言ったようですが、帰って来た言葉は「でもね、嫌なこと言ったり、勝手なことばかり言う人は絶対どこの会社にも居る、良い人ばっかりじゃないねん、だから会社変わっても一緒」、「それに、人に意地悪されたからってそれを根に持って意地悪したいとは思わない」とさらりと一言!

 

その人は、台風が接近して風の強い日に「自転車こけたらアカンから気をつけて帰ってくださいね」と交替を断られた人にも声を掛けていました。

 

家内は、「そんなに優しい言葉かけてあげることないやん、○○さんは本当にお人よしなんやから!」と言っても「でも、本当にあぶないんやもん」と素で返す様な人です。

 

義母はその友人を娘のように可愛がり、旅行に行けば土産を買い、新米を買ったら米を渡し、なにくれとなく世話を焼きます。

 

その友人がそういう事をして欲しいと言っているわけでは決してありません。

彼女が「とても良い人」だから義母が勝手にしてあげたくなるようです。

 

そして義母の好意を受け取った彼女は「ありがとう!嬉しい!」と素直に喜んでくれます。

その笑顔が嬉しくて義母はまた世話を焼くのでしょう。

 

悪意に対して悪意で対抗するのではなく、無意識を優しさで包んでいくような「良い人」が居るから、この世の中もなんとかなってるような気がして仕方がありません。

「いか昆布」

先日、橿原市のスーパー「エバーグリーン」に寄りました。

何時も此処に来た時には、安いので「天然水」や「爽健美茶」なんかを仕入れます。

この日も、家内の後に付いてカートを押していたのですが、ふっと「ふりかけ」が目に留まりました。

 

大体、今までは決まった物しか買っていなかったのですが、どういう訳かこの日は、「いか昆布(ふりかけ食品)」が妙に気になり手に取っていました。

 

帰って早速焚きたてのご飯に少し多い目に振りかけ試食、大当たりでした。

 

良くよく袋を見ると、第56回「農林水産大臣賞」受賞の表示が!振りかけ、お茶漬け、おにぎりにピッタリとの宣伝文句があります。北海道産昆布使用とありますので、品物は確かなようです。

 

「いか」「昆布」「ツノナシオキアミ」「白ゴマ」が混ざっていて、初めて食べる味と食感、80gで370円ですので、そんなに高く無いです。

 

神戸市西区の「澤田食品」製造、商品名「いか昆布」となっていますが、なんとなく得をした気分になりました。

 

ふりかけ好きの方には絶対にお薦めです。

空豆の素焼き

豆と言えば、「ピーナッツ」「イカリ豆(空豆)」「カシューナッツ」「ピスタチオ」「マカデミアンナッツ」「塩豆(エンドウ豆)」・・・

 

さすが、千葉産の「ピーナッツ」は香ばしくて美味しいですが結構な値段がします。百貨店なんかで売っていても高くて手が出ません!家内がボーナスを貰った時に買ってもらえるかな?

 

一般に、「カシューナッツ」の様な外国産?の豆は油濃くてそんなに食べられる物ではありませんが、日本の豆は香ばしくついつい手が伸びてしまいます。

 

特に私は、空豆の素焼きが好きです。空豆を煎っただけの素朴な豆菓子ですが、甘さ控え目、噛めば噛むほど味わいが有り香ばしさが口に広がります。

 

出先で店にこの豆が置いて有れば必ず買ってしまいます。香ばしさが命のこの豆ですが、買ってみて美味しいのに当たればちょっと得をしたような気になってしまいます。

 

奈良県の榛原から針に抜ける道に一軒、近くを通れば必ず買いに寄る店があります。名前は分かりません。果物や野菜が店先に並んでいて、村のなんでも屋さんのような雰囲気のお店ですが、そこに素焼きの空豆が置いてあります。150g200円でしたが、香ばしくて美味しい豆です。

 

「近くで加工しているのですか?」と聞いた事がありますが、なんと京都から取り寄せているらしいです。ラベルを見ると「㈱青山豆十本舗」(京都市東山区)と書かれています。

国道369号線を左(針の方)へ折れて、10分~15分、左側にそのお店があります。豆好きの方は是非寄ってみて下さい。

 

私のベスト オブ 豆菓子です。

名著「宮本武蔵」

名著「宮本武蔵」(吉川英治著)は、青春真っ盛りと言った頃に夢中になって読んだ本の一冊です。

徳川家康」(山岡荘八著)、「竜馬が行く」(司馬遼太郎著)、「天と地と」(海音寺潮五郎著)等と並び私には思い出深い書籍となっています。

 

高校時代は、テスト前に一夜漬けというのが習慣となっていましたが、「疲れたからちょっと本でも」と思い時代小説を手に取ったら最後、朝までテスト勉強そっちのけで読んでしまった事も何回かありました。

お陰で、テストの成績は惨憺たるものでした。

 

竜馬がゆく」は、さすが人気小説だけあって、展開が早く読者を飽きさせません。

徳川家康」は、なんと全26巻!時代小説(大衆小説)の大作中の大作と言えます。

天と地と」は、海音寺が描く「求道的」な上杉謙信の人物像に引き込まれます。

何故か、剣客ブームを巻き起こした、柴錬(柴田錬三郎)は読んでいません。

 

しかし、私にとっての時代小説「NO1」は、「宮本武蔵」です。

他の作品と違い、「宮本武蔵」は、沢庵禅師が大きな存在感を持っていて他よりも宗教色(求道的)が濃い物となっています。

私なんかは、「お通」のくだりは早く読み飛ばしていました。

 

故に、ホームラン王の王貞治極真空手大山倍達、水泳の古橋廣之進、将棋の升田幸三・・・多くの著名人に影響を与えたと言われています。

 

意外な事に、この小説の誕生には、菊池寛直木三十五が大きく関わっているようです。

1932年に直木が「武蔵=非名人」を唱えると、菊池が「武蔵=名人」説で反論したという事ですが、この頃、直木が吉川英治に「お前はどちらだ?」の問いに「武蔵=名人」(菊池節)を支持した所、直木が「それでは、吉川が武蔵を名人とする理由を発表せよ」と迫ったといわれています。

 

日本文壇の巨星とも言われる3人が、他愛も無い話をしているのが、かえって人間臭くて面白く感じられますが、「宮本武蔵」は、この一件のお陰で誕生したようです?

 

今、定着している「武蔵像」は、吉川が作り上げたといっても過言でない位、日本人に大きな影響を与えた小説ですが、単なる歴史物では無く、「求道」といった日本人好みの題材のため、80年以上を経た今でも「宮本武蔵」は、根強い人気を保っています。

久石嬢 in パリ

宮崎駿作品の「風の谷のナウシカ」から「風立ちぬ」まで、宮崎アニメの音楽を一手に引き受けてきたのが久石嬢です。

その久石が、フランスのパリで宮崎アニメのコンサートを行いました。それもフルオーケストラで合唱団付きです。

 

テレビで観ていると、久石氏の喜びにあふれ生きいきした指揮ぶりがとても印象的でした。恥ずかしながら、私はこの録画を観るまで「久石嬢」が、宮崎作品の音楽(主題歌等)を創っているとは知りませんでした。というより、「久石嬢」の名さえ初めて知ったというフトドキ者です。

 

風の谷のナウシカ」や「天空の城ラピュタ」は、観ていても分かり易く爽やかな感じの後味でしたが、「となりのトトロ」から少し、「もののけ姫」ではちょっと難しいと感じてしまいます。

 

それにしても、本家本元の日本でも聞いた事の無い、大規模なコンサートがフランスで開催された事に少し驚きました。

海外で、日本アニメがブームになっている事は、よく知られていますが、アメリカでも「ディズニーとジブリ」では、57%の人がジブリの方が好きだという統計が有るようです。

 

家内は何時も「ナウシカラピュタは、絶対にディズニーを越えている!」と言って譲りませんが、単なる勧善懲悪では無く環境問題や地域紛争という問題を抱える人類へのメッセージが底流に有りますので、子ども向けのアニメを越えた、大人でも考えさせる課題を含んでいる事が、広い年代に受け入れられる要因となっているようです。

 

パリのコンサートの様子を観ていましたら、中央に大きなモニターが設置されており、音楽と一緒に映像が流れていました。まるで「オペラ」のような感覚です。一般のクラシックのコンサートは音楽だけです。しかし、今回のパリでのコンサートは音楽と映像が同時進行です。

宮崎アニメのファンなら、音楽を聴くだけでもアニメの場面が頭に浮かんでくる事でしょう。

 

「普通のクラシックのコンサートは寝てしまうけど、これなら寝る心配は無いわ、日本でも開催したら良いのに!」という声が横から聞こえてきます。

日本のサブカルチャーが、今や確実に世界に広がっているようです。

 

そうそう、この「久石嬢」という名前、アメリカの有名なジャズミュージシャン「クインシ―・ジョ―ンズ」をもじっているようです。

「久石嬢」という名前、完全に私の頭にもインプットされました。

 

プレイス・イン・ザ・ハート

映画「プレイス・イン・ザ・ハート」、最近テレビで観ました。

何時もの如く、たまたまテレビを点けたらやっていましたので、バックミュージック代わりに思って点けたままにしていましたが、途中から見入ってしまいました。

 

1930年代のアメリカ南部を舞台に、夫に先立たれた妻が貧困と闘いながらも強く生き抜いて行く姿は感動物です。(少し泣いてしまったオッサンでした。)

 

主演は、「フォレスト・ガンプ」のサリ―・フィールドですが、「リーサル・ウェポン」のダニー・グローヴァ―、「ザ・ロック」のエド・ハリス、「コンエアー」のジョン・マルコヴィッチがしっかり脇を固めています。

アカデミー賞の「主演女優賞」「脚本賞」受賞も頷けます。

1984年に公開された映画ですが、同年に「アマデウス」の公開がなければ、「作品賞」「監督賞」「衣装デザイン賞」も受賞していたかも知れません。

 

アマデウス」の製作費は、$18,000,000、片や「プレイス・イン・ザ・ハート」は、$9,500,000ですので、アカデミー賞に「費用対効果賞」が有ればこの映画に決まりといった所です。

 

アメリカンドリームでは無く、1930年代のしっかりと大地に根差し信仰の厚い、古き良きアメリカの生活がバックグランドに流れているようで、ヒーロー物(成功物)とは違った趣を感じました。

アメリカ社会の大きな課題ともいえる、「人種差別」もしっかり捉えていて、映画に深みを持たせているようです。

 

アマデウス」と「プレイス・イン・ザ・ハート」、もう一度観るならどちら?

私は、迷わず「プレイス・イン・ザ・ハート」を選びます。

 

ただ、素人考えですが、この映画は白黒(モノクロ)でも?

そんな事を少し考えてしまいました。

「何時も有難うございます。」

昨日の朝も凡犬と何時ものコースを散歩しましたが、少し気を緩めると家の方に帰ろうとする凡犬をリードで催促し渋々歩かせるといった精の無い散歩です。

せっかくの散歩ですから、普通の犬のように「喜んで散歩してくれたら」と何時も思ってしまいます。

 

お決まりのコースで公園の隣の道を歩いていると、向こうの方から手にビニール袋を持ったお年寄りが、ゴミを拾いながら歩いて来られました。

いかにもゴミを拾っているという格好では無く、ただ、手にスーパーのゴミ袋一枚だけを手にした姿は「今日はスーパーに行く道みちで、ちょっとゴミでも拾って行くか。ゴミはスーパーのゴミ箱にでも」と言ったスタイルです。

 

これ見よがしでは無く、自然な爺さんの姿に「カッコいいな!」という思いが湧き立ちました。

 

私に出来るかな?出来ません!

ちょっとした事ですが、私の心には未だそのような余裕が無いようです。

 

爺さんがだんだん近づいて来ます。

「何を言おうかな?」「何か伝えたい!」

すれ違いざま、「何時も有難うございます。」頭を下げて一言。

全くもって、平凡な言葉しか出ませんでした。

 

そういえば、昔、田舎道を歩いて居た時に、道端の水路で遊んでいたガキに、あまりにも明るく大きな声で「こんにちわ」と声を掛けられ、此方が戸惑い気恥かしい思いをしたのを思い出しました。

 

それから、40~50年、代り映えの無い全く不甲斐ないオッサンです。